シチリア、南イタリア旅行記

3回目のイタリア旅行です。イタリアの都市はそれぞれ異なった趣があり旅行者を惹きつけますが、フィレ

ンチェの美術館やバチカン見学などではちょっと緊張したりします。その点、南イタリアの都市はリラック

スして気分よく旅が出来そうです。また、フェニキアやギリシャなどヨーロッパより古い文明が行き交った

ところなので色んな文化が混じりあった跡も見られそうです。

カプリ島の青の洞窟やポンペイもオプションではなく観光コースに入っているのが嬉しいし、そしてなによ

りも通常のツアーでは腹立たしいほど割高に設定されている一人参加の追加料金が、一人旅応援コースと言

って、1万円ぽっきりなのが最大の魅力です。(何回かこの一人旅応援コースを利用しましたが、パンフレ

ットの断り書きと違って、ホテルはほとんどツインにバスタブ付きだったのでお得感があります)

 

で、大手旅行社の「南イタリア周遊紀行8 〜南イタリアとシチリア島の世界遺産を訪ねて〜」です。 

 

 旅の日程

 

           観どころなど

1日目

関空〜パレルモ(シチリア歴史

2日目

モンレアーレ (大聖堂

パレルモ   (マフィアクアットロ・カンティマルトラーナ教会、プレトリア広場) 

アグリジェント(アグリジェントの歴史神殿の谷考古学博物館

3日目

シラクーサ  (シラクーサ歴史など

(オルティージャ島(アポロ神殿、アルキメデス広場、大聖堂、アレトゥーザの泉))

(考古学地域   (ギリシャ劇場、天国の石切場、ヒエロン2世の祭壇、ローマ円形闘技場)) 

4日目 

タオルミーナ  (エトナ山などギリシャ劇場)

5日目 

アルベロベッロ (イタリア本土へアルベロベッロ歴史などトゥルッリ

マテーラ    (マテーラへ洞窟住居サッシ

6日目 

カプリ島    (カプリ島歴史青の洞窟、ウンベルト1世広場、アウグスト公園

ポンペイ     (ポンペイ歴史フォロ周辺公設市場フォロ浴場居酒屋、悲劇詩人の家、パン屋秘儀荘

ナポリ    (車窓観光) 

 

 旅行記            1日目

2008年

4月16日

関西空港の集合時間が8時5分なので久しぶりに早起きする。大阪の北部に住んでいるのでドア・ツウ・ドアでは2時間ちかくかかる。

旅行社カウンターでの添乗員の最初の注意事項は、今日は夕食がついていないのでオニギリかサンドウィッチなどお腹に入れる物を用意することであった。

従来は、午後の出発だったのでミラノで乗り換えてパレルモには夜遅く着いていたが、この4月から午前10時過ぎの出発、ローマ乗り継ぎに変更になり午後7時過ぎにはホテルにチェックインできるようになったそうだ。だが、お手頃価格のツアーは夕食を付けてコストアップになるのを避けたいらしい。

 

フライトはAZ793便、アリタリア航空は倒産寸前、エヤーフランスへの身売りが決まっていたが、ベッルルスコーニが首相になって待ったをかけているらしい。1日運行すると2億円近い損失が出ると言われているので、きっちり整備されているのかちょっと心配だが、定刻にテイク・オフ。

 

座席は事前の希望通り通路側である。わがツアーの皆さんも通路側の席が多くグループが散らばっている感じだ。 

自分の席の周囲はツアーの客ではないようなので聞いてみると、京都の会社の社員旅行なんだそうだ。会社の何十周年かの記念で、4日間ローマを見物する予定とか。何という会社か聞かなかったが、この時期に社員旅行がヨーロッパとは豪勢だ。

 

水平飛行に移って、飲み物のサービスとなると、さすがアリタリア航空、オレンジジュースの色が赤い、シチリア産のブラッドオレンジジュースである。お腹が空いていることもあってか、ジュースのお替りをしながら、食事も結構、美味しく頂く。

 

食事の後は寝たり起きたりしながら、シチリア歴史紀行(小森谷慶子)やインターネットのオークションで手に入れた‘シチリアの考古学(ARCHAEOLOGY IN SICILY)’を眺める。‘ARCHAEOLOGY IN SICILY’は20年ほど前のガイドブックだが、地図や写真がたくさん挿入された100ページ弱の優れものである。これが当時は無料だったとか。

 

で、支配者が目まぐるしく入れ替わったシチリアの歴史をまとめてみる。  

シチリアの歴史

  年代

        おもな出来事

BC6000

1300

シカニ族が新石器時代から住んでいた。BC15001300にイタリア半島からシクリ族、続いてエミリ族が小アジアからやって来る

BC1000     

フェニキア人が沿岸部に交易基地をつくる。BC814にはチュニジアにカルタゴを建設。カルタゴはパレルモなど島の西部に殖民都市をつくる

BC756

ギリシャ人がナッソ、カターニャ、ジェーラ、シラクーサ、メッシーナ、タオルミーナなど東部やヒメラなど北部に殖民都市をつくる。以後、アグリジェントなど新都市も建設。

BC500

シラクーサの僭主ゲロンがギリシャ殖民都市を支配する 

BC480 

シラクーサ、アグリジェントなどギリシャ殖民都市連合がヒメラでカルタゴ軍を破る。戦勝記念にアグリジェントにゼウス神殿、シラクーサにアテナ神殿が建立される 

BC415

アテネ軍がシラクーサを攻めるが、敗北する

BC409〜

カルタゴ軍がアグリジェント、メッシーナなどを陥落させる

BC407 

シラクーサに僭主ディオニュシオスが登場 

BC269

ヒエロン2世がシラクーサの王となりシラクーサは50万都市に発展する

BC264〜

第一次ポエニ戦争、ローマが介入しカルタゴ軍を破る

BC212〜

ローマ軍がシラクーサを陥落させ、その後ローマはシチリアを搾取、ローマの穀倉にする

AD535〜

ヴァンダル族や東ゴート族の後、ビザンツ帝国が支配 

AD827〜

イスラム軍が侵攻、878年には全島を支配する。アラブは灌漑技術を導入し、オレンジ、レモンや綿、ナツメヤシ、ピスタチオなど農業を発展させ、シチリアに空前の繁栄をもたらす

1060〜

 

ノルマンのアルタヴィッラ兄弟がシチリア侵攻を開始、1072年にはパレルモ、1091年頃にはルッジェーロが全島を制圧する。ルッジェーロ2世は1128年、南イタリアを併合、1130年にはシチリアを王国にする

1166

ルッジェーロ2世の孫のグリエルモ2世、13才で即位。モンレアーレに大聖堂を建立、世継ぎを残さず36才で没す。

1194 

ハインリッヒ6世、シチリア王位を奪取 

1198

フリードリッヒ2世、シチリア王に即位

1282

パレニモで゙晩鐘事件、スペインが介入して支配権を握る 

             

旅の日程へ) 

 

ローマのフィウミチーノ空港での乗り継ぎ待ちは1時間半あまり、順調なフライトでパレルモに定刻より少し早く着く。

 

車窓に見るパレルモは、ちょっと雑然とした感じでとても‘世界で一番美しいイスラムの町’とは思えない。道路の両側に路上駐車するのはヨーロッパではお馴染みだが、ここではその上、重複駐車もある。歩道側の車をどのように動かすのか、よけいな心配もしたくなる。 

 

今回のツアーは18人、イタリア旅行というためか女性が15人に対して男は3人と淋しい。夫婦が1組に女性グループが3組、1人参加応援コースらしく、後の10人は1人組である。

福岡からの2人以外は全員が大阪近辺からの参加であり、姫路の若い女性のほかは中年が若干、あとは熟年者なので賑やかな旅になりそうだ。               

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