パリ、ロワール、ロンドン旅行3日目
ロワール城めぐり
シャンボール城その2
3階

3階に上がる螺旋階段

3階には見るべきものは何も無いが、大広間の格子状の天井はフランソワ1世の紋章であるサラマンダーの彫刻で装飾されている。サラマンダー(火とかげ)は火に棲むと言われ、聖なる炎を養い悪の炎を駆逐するのだそうだ。


もう1つは狩猟のコレクションで立派な鹿の剥製やらたくさんの鹿の角が天井からぶら下げられていたりしているが、興味をひくものはない。
屋上テラス





屋上に上がってみると、地上ではオモチャの積み木のように見えた煙突や塔は4~5階建ての建物くらいの高さがある。これらの煙突や塔の間を巡っていると、なるほど、物陰はいたるところあるので、ひそひそ話をしたり、何人かで陰謀を企んだり、はたまた情事を語らうによろしき場所だったようだ。

また、テラスからは遠く彼方にソローニュの森が見渡せ、目の前には広大な芝生が広がっている。かっては、このテラスは狩猟隊の出発や帰還、騎馬試合などを絶世の美女たちに囲まれて見物する華やかなところであったと言う。
これでシャンボール城も見物はお終い。
トゥール旧市街
6時半過ぎにトゥール駅に帰着。
シカゴの夫妻とバックパッカーはパリに戻り、熟年の姉妹はブッキング・コムでシャトーホテルを予約されているとか、自分は明日ブロア城などの見物を予定しているのでトゥールに宿泊することにしている。で、皆さんとはお別れである。

旧市街への近道
日没にはまだ少し時間があるようなので旧市街の散策に出かける。パンフレットによればトゥールはローマ時代から栄えた町で、中世には王国の首都となったこともあるそうだ。旧市街は聖ガシアン大聖堂がある東寄りと、西寄りの聖マルタン聖堂の周りの市街の2つに分かれているらしい。
聖マルタン聖堂
聖マルタンはローマ軍の兵士であったが、キリスト教に入信。慈悲深く精力的な布教を行う人であったのでトゥールの司教に迎えられた、ようやくキリスト教がローマに認められた4世紀中頃のことであった。

聖マルタン聖堂を目指して歩いていると賑やかな広場に出くわした。パンフレットを見るとプリュムロー広場らしい、まだ日が高いのにカフェのテラスには大勢の若者が楽しそうに語らっているようだ。

また、広場に面した通りには木骨組の家が並んでいて中世の趣を残しているので観光客にも人気がありそうだ。

広場を少し下ると聖マルタン聖堂のシャルルマーニュの塔と時計塔が見えてくる。時計塔の1階には時計屋が入っているらしくショウィンドウには時計や眼鏡が並べられている。もともとの聖マルタン聖堂は宗教戦争や大革命で破壊され残っているのがこの2つの塔だけらしい。

しばらく進むと、19世紀に建てられた現在の聖マルタン聖堂の大ドームが聳え、その天辺には聖マルタンの像が立っている。聖マルタンの死後、墓に手を置いてお祈りをすると病気もすぐ治ると言われて巡礼が絶えることがなかったそうだが、現在の聖マルタン聖堂にもお祈りに来る人が多いらしい。
聖ガシアン大聖堂
1日歩いて足が疲れてきて、休みやすみ20分ほどかけて旧市街の反対側に聖ガシアン大聖堂に着く。

12世紀から500年もかけて建てられた言うゴシックのファサードは壮観である。内部には聖マルタンの奇跡を描いた見事なステンドグラスがあるそうだが、気力が失せているので中には入らない。
ツーリスト・オフィスの近くのレストランで定食をとって今日のお城見物はおしまい。










































































































































