世界のえーとこ見に行こう!!   

ご用とお急ぎのない方は、ごゆっくりどうぞ。

スポット: 美術館・博物館 (5ページ / 13ページ)

6日目 リスボン2

サン・ジョルジェ城、国立古美術館、市内散策

ポルトガル旅行6日目(最終日)リスボン市内観光
リスボン市内に戻り、昼食の後はフリータイム。
7時にレストランの近くのソフィテルHのロービーで待ち合わせしているので5時間ほどでサン・ジョルジェ城、大聖堂、国立古美術館を見た後、コメルシオ広場、ロシオ広場、フィゲイラ広場、リベルダーテ通りなどを歩いてみる予定である。

サン・ジョルジェ城の見学希望者を誘って、東京の母娘さんと地下鉄ブルーライン(ガイヴォタ線)に乗る。5つ目のバイシャ・シアード駅で、グリーンラインに乗り換えて、1つ目のロシオ駅で降りると、サン・ジョルジェ城へはすぐに行ける筈である。ところが、バイシャ・シアード駅で年配の駅員さんに尋ねたのが運の尽き、‘ロシオ’だけが通じたようで、乗換え口ではなくロシオ広場側の出口に案内される。引き返すのも面倒、と言うことで3ブロックほど歩いてロシオ広場に着き、タクシーでサン・ジョルジェ城に向かう。

サン・ジョルジェ城

城はアルファマ地区の狭い坂道をくねくねと上った丘の上にある。

古くはフェニキア人の影響があると言われているが、ローマ、西ゴート、イスラムと支配者が変わり、十字軍の支援を受けて南下してきたアフォンソ・エンリケスがイスラム軍から奪取したのが1147年、その後、1255年にコインブラから王都がリスボンに移された時、王宮となった。


フィゲイラ広場を望む


遠くに4月25橋を望む


リベルターデ通りを望む

王宮跡は城址公園となっていて、入場料は€5。公園の中ほどにアフォンソ・エンリケス像が立っている。城壁に沿って王宮跡を回り、テージョ川、対岸、リスボン市街のパノラマを楽しむ。時間がないので北側の城塞に上るのを断念、同行の母娘と別れて大聖堂に向かう。

大聖堂

急な坂道を10分ほど下ると、坂の途中に大聖堂がある。この大聖堂も1147年にアフォンソ・エンリケスの命で建設が始められたもので、当初は砦を兼ねたロマネスク様式であったが、その後、ゴシック様式やバロック様式の改修が加えられていると言う。


中央祭壇と有名なバラ窓をカメラに収めて次を急ぐ。

国立古美術館

国立古美術館はベレン地区の近くにあるのでタクシーで行くのがいいとガイドさんが言っていたので、大聖堂の前でタクシーに乗る。聞いていた通りリスボンのタクシーは車間距離を取らず、かなり乱暴な運転だが、無事に美術館に着く。チップ込みで€4、安い。

美術館は、1階にはおもにヨーロッパ絵画、2階は金・銀器、陶器や東洋美術、3階にはポルトガル美術が展示されているが、お目当てはガイドさんお勧めのボッシュの聖アントニオの誘惑と狩野派の南蛮屏風である。

聖アントニオの誘惑

プラド美術館で‘快楽の園’を観て以来、ボッシュは妙に気になっている画家の一人である。

絵の主人公は、リスボンっ子に人気者のあの聖アントニオではなく、3世紀後半のエジプトの聖アントニオで共同修道の基をつくった人である。彼は裕福な家庭に育てられたが若くして両親と死に別れた後、隠遁生活に入り、孤独と禁欲の苦行のなかで、怪獣や女に化けた悪魔に襲われたり誘惑されたり、度々の苦難を克服していったそうだ。

‘聖アントニオの誘惑’は3枚パネル画で、空を飛ぶ魚、猿、象、猪、蜥蜴、狼や異形の怪獣、枯れ木に垂れ下がる赤い布の下には女のヌード、本を読んでいる不気味な男、遠くには町が燃え上がっている様子など聖アントニオを誘惑した化け物どもの饗宴が描かれている。真ん中のパネルの台に肘をついて不安そうに正面を見ている男が、髭を生やしているので聖アントニオらしい。ボッシュの絵は‘快楽の園’でもそうだが、虫眼鏡が必要なほど画面の隅々まで緻密に描かれていて興味がつきない。同じ、オランダの画家、ブリューゲルがボッシュの影響を受けているのは間違いないようだ。

このほか、デューラーの聖ジェロモノ、
ブリューゲルの7つの慈悲の行い

ホルバインの聖キャサリンの神秘的結婚


ホーホ…メリー・カンパニー


この他、クラナッハのサロメ、モラレスの聖母子などなど。ベラスケスのマルガリータとヴァン・ダイクの肖像画は小品でうっかり見過ごしてしまいそうである。

南蛮屏風

桃山時代の狩野派の傑作と言われている金屏風が2対、左は黒い南蛮船が長崎に着いたところで、忙しそうに荷降をしている船員、船上では上官が居心地のよさそうな椅子に座って商談をしている上官、陸上では陸揚げされた品々がチェックされている様子などがかかれている。左は、もの珍しそうな見物人の前を進むエキゾチックな人や物の行列が描かれている。日本人とヨーロッパ人の交流がこうして恐る恐る始まったのかと思うと感慨深い。

国立古美術館はレジ袋(フリータイムで町を歩く時にはカメラやガイドブックなど手荷物を入れている)も持ち込み禁止、カメラも禁止である。美術館の話は画像がないと殆ど意味をなさないので、ここは35ユーロを払ったガイドブックにお出ましを願う事とし、美術館にメールしたら、5日後にthe Director of the museum の許可が出た旨の返事が来た、感謝々々。


コメルシオ広場…ジョゼ1世の騎馬像


コメルシオ広場…主要官庁が周りを囲んでいる。

8日目 オスロ

ムンク美術館

北欧4ヶ国旅行8日目 ノルウェー観光 オスロ、
ムンク美術館


オスロの地下鉄

ムンク美術館は地下鉄で中央駅から2つ目なのですぐ近くだ。いつもの癖で隣の席の人に、ムンク美術館に行きたいのだがと尋ねると、トォーエン駅で出口まで案内してくれて、すぐ右手の小路を200mも歩くと美術館の裏に着くので近道だと教えて貰う。

トォーエン駅で降りる人かと思ったら、地下鉄に引き返して行ったのでわざわざ下車して教えてくれたようだ、なんとも親切なノルウェー人に感謝々々。


美術館入口

美術館はムンクから遺贈された絵画1100点、水彩、素描4500点や版画15000点を所蔵し、1963年にオープンしたものだが、出光興産の寄付により改築、拡張されて1994年に現在の姿になっている。オスロの人が日本人に親切に美術館を教えてくれたのはこうした背景によるものかもしれない。

ムンク美術館では、昨年8月にムンクの‘叫び’などが白昼堂々と観客の前で強奪されたニュースが日本でも大きく報道されて驚いたりしたが、飛行場並みにセキュリティーを強化して、やっと6月18日から再開となっている。

セキュリティーを通って、チケット売場でカードを差し出すと、読み取りが出来ないと言われる、オスロのあちこちでこのカードで買い物をしたと言っても、窓口の若い女性は他の端末も試してくれることぐらいしか出来ない。現金は交通費程度の小銭しか持っていないので、しかなく中央駅に戻って両替することにする。ムンク美術館はサムスンのシステムのようだが日本のVISAカードを受け付けないとはとんでもないシステムだ。

再開を記念してムンクの自画像の特別展示が8月25日まで行われている。

入口を入った正面と左の部屋が常設展示で、‘叫び’、‘接吻’、‘声(夏の夜の夢)’、‘星月夜’、‘不安’、 ‘死の部屋 ’、‘汽車の煙’など。ムンクは‘叫び’を4点描いていて、展示されているのはムンク美術館のもう1点のようだ。違いは勿論分からない。


‘叫び’


‘声(夏の夜の夢)’


‘接吻’


マドンナ


‘星月夜’


汽車の煙

ムンクは油絵70点、水彩画、素描、習作100点以上の自画像を描いたと言われているが、案内書によれば今回の特別展はムンクの芸術家としてのアイデンティティを研究するに足る包括的な展示だと言うことだ。


また、案内書はムンクにとって自画像は芸術的実験の重要な部分で、過激な自然主義から象徴主義への発展を自画像においてたどることが出来ると説明している。

疎外と孤独、生と死、愛、女と男、性 などテーマの発展が自画像にどう表現されているかと言った難しいことは批評家に任せて、憂鬱な表情で一人レストランのテーブルにいる‘ワインボトルのある自画像’、正面を向いて自身のありそうな‘絵筆を持った自画像’、明るい色調で描かれた晩年期の自画像‘時計とベッドの間の自画像’、ムンクの端正な顔を描いた素描‘腕の骨のある自画像’‘コートと帽子の自画像’、‘壁際に立つ自画像’などを観て回る、なかに‘ボヘミアンの結婚式’などの絵もあり結構楽しむ。

見学者の中に、横たわったままで動く車イスを押して貰いながら30代の女性がゆっくりと絵を観ている。ヨーロッパの人はこうして障害を持ったひとも自由に絵を楽しんでいるんだと感心する。

ムンク美術館をみた後、ホテルに戻ってしばらく休憩する。大阪を出てから3週間近く、毎日歩いているので回復力がなくなり少し歩くとすぐ疲れる。このあとの観光予定は市庁舎、国立博物館とアーケシュフース城などであるが、ムンク美術館で海上自衛官から‘はるかぜ’と‘ゆうぎり’がノルウェー訪問中で市庁舎の裏側に停泊していると聞いていたので、市庁舎を見たあと自衛艦をみることにして、国立博物館とアーケシュフース城は省略することにする。

7日目 オスロ

国立美術館2

北欧4ヶ国旅行7日 ノルウェー観光
国立美術館 その2

国立美術館は入場料が無料である。ロンドンのナショナルギャラリーには寄付を入れる箱が置いてあるが、ここにはそんな物もないようだ。

ツアーのガイドさんはムンクの絵を理解するにはムンクが育った環境を知ることが大切だと言って、‘ムンクは2男3女の長男として生まれました。父は軍医、その家系は学者や作家などが出ている名門です。

5才のときに母を亡くし、14才の時に大好きだった1つ上の姉を亡くしています、共に結核で血を吐いて死にました。そして妹は長い間精神病院に入院し、ムンク自身も病弱でした。暗い家庭と死の不安や恐怖が家族を支配し、とりわけ姉の死がムンクに決定的な影響を与えています’と説明してくれた。


‘病室での死’は死の直前にあるムンクの姉への家族のさまざまな思いと表情が描かれている。無表情に正面を向いた妹インゲル、背をまるめて悲しみを懸命にこらえようとしているもうひとりの妹、部屋の隅で柱にうつむいているのはムンクだろうか。

当時、すぐ下の妹ローラが10才、インゲルは一番下の妹なので、年恰好が合わない気もするが、絵を描いた時の妹なのかもしれない。

‘病める子供’は悲しみに頭を垂れる母と母をみつめる病弱の姉。姉は母に何をうったえているのだろうか、哀しみに絵の前から立ち去るのが躊躇させられる絵である。


‘春’は窓辺に暖かい日差しがさし、白いカテーテンが風にゆれて春の到来を思わせるが病室の少女は日差しを避けるかのように目をそむけている。そんな娘を母親は静かに見つめている。どうしようもない母と少女の哀しさが伝わってくる。


‘思春期’、胸がふくらみはじめた少女は足をかたく閉じ、身体の前で手を交差させ、正面を見つめている。緊張してこわばった様子に性のめざめと恥ずかしさが伝わってくる。


‘生命のダンス’、はガイドさんの説明を思い出す、‘この絵は生命のフリーズというテーマで描かれたものの1つで、白と赤と黒のドレスを身に着けた三人の女性が描かれています。中央の赤いドレスの女性は情熱的なイメージで、性的誘惑を表現していると言われています。

左側の白いドレスの女性は無垢を表わしています。そして、右側の黒いドレスの女性は死を暗示しています、ダンスの輪に入る望みもなく、傍観者となって絶望したようにたたずんでいるように見えます。このようにダンスの最中にも、すでに孤独、はかなさ、死・・・をムンクは暗示しています’


芸術家の妹インゲル

カール・ヨハン通りの夕べ、月光、マドンナ、灰、桟橋の少女たち、芸術家の妹インゲル、母と娘、自画像などなど、ムンクについては‘叫び’しか知らなかったが、生、死、愛をテーマにして自身の内面で体験した精神世界を表現しているムンクの絵を実際に観ることが出来るのは旅行の大きな楽しみである。

軽い疲れを覚えながら印象派の絵など観て、ショップで絵葉書を買う。
カメラ禁止なので仕方がないが、1枚、10クローネ、5割ほど割高な感じのうえに、たくさん買うので結構な出費である。

ホテルに帰る途中、カール・ヨハン通りのセブン・イレブンで晩飯を買う。貧乏旅行の財布の底が見えているので、焼きソーセジのバーガー、サンドウィッチ、ジュース、ミネラルを買って約1900円は痛い。大阪人の感覚ではせいぜい1000~1200円がいいとろだ。

遅い朝食をとっていると、隣に年配の2人連れの女性が座り、日本語が聞こえてくる。話しかけてみると2人はノール・カップまで行ったそうで、オスロで1日ゆっくりして東京に帰ることしているとのこと。

北緯71度の世界のことを聞いていると、ノール・カップに行くのにチャージなどで2万円かかって驚いたとか、自然にノルウェーの物価高の話になり、フロムのハイネケンが1400円もするとか、オスロでは平均賃金が50万円を超えるとか、北海油田でGDPが高くなっていることなど話が盛り上がる。

ついでながらこのお2人とは夕刻、中央駅のスーパーでばったり会って、お二人は北欧最後の夜はレストランで食事を楽しむことにしていたが、今晩はホテルでスーパーのラーメンで最後の晩餐ですと、小銭が残った財布を振って見せられることになる。ほんとにノルウェーの物価は頭にくるほど高い、観光客にまた来てくださいと言えるのだろうか。

4日目 コペンハーゲン

ニューハウン、ニュー・カールスベア美術館

北欧4ヶ国旅行4日目 デンマーク観光、
コペンハーゲンその2

ローゼンボー宮殿の見学を終え、ストロイエの終点、コンゲンス・ニュー広場でバスを降りてニューハウンへ。

ニューハウン

ニューハウンは17世紀の半ば、漁業が盛んになりコンゲンス・ニュー広場まで船を乗り入れて作業をしやすくするためにクリスチャン5世によって掘られた入り江。


運河には帆船が浮かび、入り江の両側にはレストランや小さいホテルの家並みが続く景観にカラフルな大勢の観光客が溶け込んで、イタリアの観光地に来ているように明るい。写真でよく見るように絶好のカメラスポット、で、順番に写真を撮る。
ニューハウンの観光がコペンハーゲンの最後の観光、ストロイエの入口でレストランやショッピングの説明を聞いてフリータイムになる。


ニューハウンに戻り、入り江のなかほどにあるアンデルセンが童話を書き始めた頃に住んでいた家を見に行く、赤い建物の3階の窓の下のプレートが貼ってあり、アンデルセンがここで最初の童話は書いた旨、記されているのだそうだ。人魚姫の物語もここで2年後に生まれた。

隣の修理中の家はアンデルセンが最後の2年半あまりを過ごしたところで、彼は70才で亡くなるまでこよなくニューハウンを愛したそうだ。

ニュー・カールスベア美術館

フリータイムが3時間ほどなので、皆さんと別れて、ストロイエの中華で簡単な昼食をとり、ニュー・カールスベア美術館に急ぐ。入口が正面ではなく横の仮入口になっているので変だなと思いながらチケットを買うと、1枚の説明書を渡される。来年が開館100周年になるので大きな改修をしていて、左半分がクローズ。展示もかなり縮小しているらしい。

説明書には‘コンパクトな展示’となっている処ではヘレニズムの彫刻の隣に19世紀のフランスの塑像を展示するなどユニークな試みもしていると書いてあるがどうなんだろう。

この美術館はデンマークのビール会社カールスベア社の社長カール・ヤコブセンによって開設されたもので、エジプト、ギリシャ、ローマやメソポタミアの彫刻、レリーフや石棺などのコレクションで知られている。

入口を入ったところはウインター・ガーデンと言われ、亜熱帯の草木が茂る空間となっている、訪れた人が一休み出来るようにカール・ヤコブセンが気配りをしたところだそうだ。


皇帝遊アウグストス


若い女性の頭部像
1階と2階にはギリシャ、ローマやメソポタミアなどの彫刻、レリーフが多く展示されている、収蔵品のごく一部が展示されているのだろうが個人がこれだけのものを収集する財力に驚く。ヨ-ロッパには何処にでも凄い金持ちがいるようだ。


ドガ…14歳の小さい踊り子


ドガ…休憩室でのダンス練習


ゴッホ…セント・レミーからの眺め


ピサロ…森の風景


マネ…皇帝マクシミリアンの処刑  、たしか、ゴヤの「1808年5月3日」が
同じような銃殺の場面であった。


モネ…コートン港のピラミッド


モネ…オランダの風車


モネ…画家の息子


ルノアール…若い女性


縫物をしている女性


ゴーギャン…花を持ったタヒチの女性

フランス絵画はルノアール、‘若い女’、モネ、‘画家のこども’、マネ、‘よっぱらい’、ピサロ、‘森の風景’、セザンヌ、‘静物’、ゴーギャン、‘タヒチの女’、ドガは、‘二人の踊り子’と可愛らしい彫刻、‘14才の踊り子’など。見学者が殆どいないので、全く静かだと年配の係員に話しかけてみるが皮肉は通じなかったようだ。

DFDS

北欧旅行の楽しみの一つは豪華フェリーの旅である。クラウン オブ スカンジナビア号は3万5千トン、定員2000人で5階が乗船口、11階が屋上デッキとなっているので、10階建てのビルが海に浮かんでいる感じである。プール、サウナ、スパやナイトクラブ、パブ、映画館もあり、シリア・シンホニーとはいかないが、それなりに豪華である。


わがツアーご一行様の部屋は6階の窓側の部屋。部屋に向かう廊下の両側に部屋がずらっと並んでいる様子は、まさにビジネスホテルそのもの。
スタンダードクラスなので、部屋は4人部屋で2段ベッドとソファーがあるが、けっこう狭い、一人使用なので気にならないが4人だと息がつまりそうだ。


早速、屋上デッキに上ってみると、ヨーロッパの旅行客が大勢飲んだり食ったりして賑やかである。

夕食は北欧風のビュッフェ、食事中にクロンボー城が見えますというアナウンスがあってカメラを向けるが、望遠がないのでうまく撮れていないようだ。


クロンボー城


食後、屋上デッキに行ってみると、風が強くて寒いのか殆ど人影がない、
クルーズの楽しみの一つはナイトクラブやパブで夜を楽しむことなのだろうが、下戸で一人旅ではそれもかなわない、映画も有料で結構高い、しかたなくコーヒーを飲んで部屋に引き上げる。

11日目 ベルリン

旧ナショナルギャラリー、旧博物館、ジャンダルメンマルクト、シャルロッテンブルグ宮殿、イーストギャラリー

ロンドン、ドイツ東部旅行11日目

いよいよベルリン観光の最後の日である。

今日の予定は旧ナショナルギャラリーと旧博物館を観て、ドイツで一番美しいといわれる広場、ジャンダルメンマルクトに行き、フランスドームとドイツドームをみること。シャルロッテンブルク宮殿をみて、その後チェックポイントチャーリーやイーストサイドギャラリー、ベルリンの壁記念センターなど東西ドイツの跡をみることなどである。

旧ナショナルギャラリー(Alte Nationalgalerie)
チケット売場で、ベルリンウエルカムカードは使えないと言われ、料金を尋ねると8ユーロだと言われる。絵画館が6ユーロだったので高いと呟くと、このチケットでこの美術館、ペルガモン博物館、旧博物館の3つが観れますと言われて納得。

この美術館には18~20世紀、ドイツ新古典主義、ロマン主義や表現主義などの絵画が多数。


旧ナショナルギャラリー


フリードリッヒ…孤独な大木


フリードリッヒ…樫の森の僧院


フリードリッヒ…窓辺に立つ女


コリンズ…ドナ・グラヴィタ


ルノアール…花咲く栗の木


カーライド…豹に乗ったバッカス?

メンツェルの‘サンスーシ宮殿でのフリードリッヒ大王のフルートコンサート’、‘製鉄工場’、コリンズ、‘ 盲目のサムソン’、ベックリン、‘死の島’、フリードリッヒは‘樫の森の僧院’、‘浜辺の僧侶’などシンケルの‘朝’、ベックマン、‘小さな死のシーン’などなど。

シンケルの岩場に建つ大聖堂、山からのイタリアの眺め、岸壁、ギリシャの黄金時代などフリードリッヒの窓辺の女、メンツェル、舞踏会での夜食、ベックリンの‘死神のいる自画像’など名品が多数、日本におけるドイツ05/06年のベルリンの至宝展で東京、神戸に出かけているようだ。

ベルリンの至宝展におしげもなく名品を多数貸し出しているのはドイツの太っ腹なのか、日独関係の強さなのだろうか。

フランス印象派はモネ、マネ、ルノアールなど。ドガの‘会話’やセザンヌの‘静物’なども。マネの‘温室’も日本に出張とか。
フリードリッヒやシンケルなどドイツロマン主義は風景画が多いようだ、物寂しい自然の風景は人間の心を写しているのだろうか。

ゴットフィールド・シャドーの‘プロシャの二人の王女’、‘休息している女性’、アントニオ・カノーバの‘青春の女神ヒービ’など彫刻も名品揃いらしい。

旧博物館

ベルリン大聖堂の前の遊歩庭園(ルストガルテン)の北側、イオニア式円柱がずらっと並ぶファサードを持った建物がシンケル設計の旧博物館である。


入口を入ると天井の高い円形の大ホールで、ローマのパンテオンに倣ったのか天井は吹き抜け、ホールの周りに神々の彫刻がならんでいる。


墓碑…ギリシャ時代、戦争で亡くなった近親者をしのぶ墓碑がたくさん作られた。


ヴィーナス立像

奥の展示室にはギリシャ、ローマ時代のレリーフ、彫像、壷など、圧巻はヴィーナスの立像で、愛と美の女神らしい魅力に満ちた姿にしばしうっとりする。
黄金の魚など金の品々が集められている部屋もある。

旧博物館の見学を終え、ペルガモン博物館をもう一度見たくなり、ゼウス大祭壇のレリーフ、イシュタール門、行列通りなどを見て回る。

ジャンダルメンマルクト


ウンター・デン・リンデン通りからフリードリッヒ通りを歩く、この辺りの街並みが一番落ち着いている感じである。


国立劇場…工事用のパイプとテントが張ってある


フランスドーム…全面テント覆われている。


ドイツで一番美しい広場と言われるジャンダルメンマルクト。左右に並ぶドイツドームとフランスドーム。フランスドーム全面テント覆われ、国立劇場も工事用のテントが掛けられている。ドイツで一番美しい広場と言われる実感は湧かない。

シャルロッテンブルク宮殿

ツォー駅に戻り、109番のバスに乗ってシャルロッテンブルク宮殿へ。


霊廟
宮殿の内部はガイドツアーになっていて時間待ちになるので、内部の見学はあきらめて、歴代プロイセン王が眠る霊廟を見て、広大な庭園を散歩する。


ベルリンの壁跡





この後は東西ドイツの跡、チェックポイントチャーリー、イーストサイドギャラリーを見て回る、ベルリンの壁記念センターは残念ながら閉館時間となってしまった。

これで、今回のドイツの旅は終わり、2015年には博物館島の修復が終わりになるらしいので、そのころもう1回ベルリンをゆっくり見てみたい。

明日からは北欧4ヶ国観光のツアーに現地参加することになっている。フィンランド、スエーデン、デンマーク、ノルウエーそれぞれ見どころがたくさんあり、楽しみである。

で、今夜はスーパーで買ってきた野菜サラダにビール、屋台のソーセージと最後のカップめんでベルリンの侘しいディナーを済ませる。

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