メキシコ、アルゼンチン、ペルー旅行2日目 メキシコ観光
国立人類学博物館

テオティワカンの観光を終え、市内に戻り国立人類学博物館に。
博物館は周囲を回るのに車で1時間もかかる広大なチャプルペック公園のなかにある。吊り屋根を支える柱の周りを水が降り注ぐ水のオブジェのある中庭を囲むように建物が建てられていて、1階が考古学、2階は民族学の展示フロアーとなっている。
考古学は人類学とメソアメリカの入門コーナーに始まり時代や地域別に12室に亘って展示されている。ゆっくり見学するには2、3日かかるところを2時間で回るのでテオティワカン、アステカとマヤ室を駆け足でみることになる。
テオティワカン室
この部屋の見ものはケツアルコアトルのピラミッドの復元である。彩色されたケツアルコアトルとトラロックが交互に並んでいる。


ケツアルコアトル

トラロック
ケツアルコアトルはジャガーと蛇ととりが一体になっている。ジャガーの鼻と牙を持ち羽毛が生えているケツアルコアトルは水の神であり、蛇行しているような模様はへびの胴体で、たくさんの雨が降ってできた川をへびに見立てて表現しているそうだ。
隣のがらくたを集めたような奇妙な顔をしているのが、雨の神であり豊穣の神様でもあるトラロックである。テオティワカンではトラロックが主神であった。
ケツアルコアトルのピラミッドの内部で人骨が見つかり、後ろ手に縛られて人柱にされたものと考えられているがアステカの生贄のように心臓を切り取ったりはしていないという。
雨の女神チャルチュトリクエ

部屋の真ん中に立つ2mを超える巨像、月のピラミッドの前で発掘された。
太陽の円盤

不気味な髑髏は太陽神トナティウを表しているのだそうだ、太陽のピラミッドの前で発見された。

蓋付き香炉 ケツアル蝶、水を差す円環・貝や羽毛で装飾されている。
土器はテオティワカン様式の3脚土器や装飾豊かな香炉の蓋やなど。たかが香炉の蓋にまで豊かな装飾を施すほどテオティワカンは精神が豊かであったとガイドさん。
ティカル王の碑

ティカル王シャフ・チャンマヤのティカル王シャフ・チャン・カウィール2世の碑の側面に刻まれている父親のアイーン1世はテオティワカンの戦士の姿をしていてガテマラ地域にまでテオティワカンの勢力が及んでいたことを示しているそうだ。
アステカ室
太陽の石(アステカカレンダー)

太陽の石はメキシコが世界に誇る発見といわれ、直径が3.6mの円盤である。
中央には太陽神、その周りにある4角形の文様は今まで経てきた宇宙のサイクルを表していて、ジャガー、風、火の雨、水の4つの太陽が次々に生まれ、それぞれ滅んできたことを表しているとのこと。現在はケツアルコアトルによって創造された5番目の太陽の時代であるという、地震によって滅びることになるらしい。
この太陽は石のナイフの形をした舌を出し、人間の血と心臓を要求している。
アステカでは太陽は、昼は天にはばたく鷲として光と熱を放つが、夜になると活力が衰えきてジャガーとなって地下の闇をうろつき、太陽神に活力を与えてまた明日も昇らせるためには人間の心臓と血を捧げることが必要だと考えられていた。
血と心臓が捧げられた後、生贄は首を切り落とされ物干しのような棒に串刺しにされ、胴体は祭壇の下に投げ落とされたそうだ。
暦は20日を1カ月とし18カ月プラス5日の365日の太陽暦と260日の暦があり、祭事には260日の暦、農耕は太陽暦に従って行われた。52年毎に2つの暦は一新する。
コアトリクエ像
太陽の石の左手に展示されているコアトリクエ像はなんとも異様な面体である。

頭は鱗で覆われ、小さく丸い目は穏やかだが4本の巨大な牙と先割れした蛇の舌を出している。よく見ると胸には切り取られた人間の手と心臓が交互に並び、真ん中にぶら下げている頭蓋骨から落ちる2筋の血流は蛇の形をしている。
さらに無数の蛇が絡み合っているように織られたスカートをはいている。これで大地の女神、豊穣の神様なのだそうだ。
ジャガーの像

太陽の石の前方に展示されているジャガー像は迫力満点と感心していたら、背中に穴がありアウシカリと呼ばれる生贄の心臓を入れる容器と聞いてびっくり。
円筒型石碑

円筒型石碑の側面

巨大な円筒型石碑はティソク族を征服した時の記念碑なのだそうだが、上にあがってみると、溝が掘られていて切り取った心臓の血を流すようになっている。
ショチピリ像

ショチピリ像は花の王子らしいが、その容貌は戦士のように精悍である。

小物コレクション

マヤ文字

マヤ数字 20進法です これはイクツでしょう
球技

アステカ室への通路にサッカーボール大の球が展示されている。

球技に使われたリング…球技場の壁に取り付けられたリングの穴にボールを押し込む
ゴムとチューインガムで出来ているボールを肩や胸で運び球技場の壁のリングに入れる球技である。
豊穣祈願のゲームなので勝った方のチームの長が生贄にされるそうだ。
マヤ室
マヤ文明は現在のメキシコ、ガテマラ、エクアドルなどメソアメリカの広大な地域に広がり、時代もBC16世紀頃からAD16世紀にわたっているのでマヤ室の展示も多彩である。
巨大な頭飾りを付け玉座に座る貴族像、頭蓋変形をしている戦士像、演説者といわれる生き生きとした像、大きな帽子(?)を被りマヤブルーのマント着ている貴族像などはより現実に近い描写になっている。またミニチュア人物像のコレクションはユーモラスである。
マヤ文字が刻まれた石碑がたくさん展示されているコーナーがあるが、マヤ文字についてはガイドさんにも分からないそうだ。
マヤの数字は20進法で、1は1つの点で表し、横棒1本が5、2本を重ねると10になる。横棒3本と4つの点は19。0は貝の形で表すので、20は1つ上の枠に1つの点(マヤでは下から上に繰り上がる )と下の枠に貝の形で表すとのこと。

神殿のファサードの復元模型や神殿に通じる階段の装飾などを見た後、地下室でパレンケのパカル王墓の実物大の復元や翡翠の仮面(レプリカ)などの展示を見て回る。

王墓の模型 バレンケの碑文の神殿 王の墓、実物大に復元された

チャックモール像
マヤ室の最後の展示コーナーにチャックモール像、腹の上に生贄の心臓をのせる皿をのせていてマヤ、お前もかと言った感じになる。























宮殿のような建物は警備員が銃をもってガードしていてものものしいが、建物は長方形で頑丈な壁や柱で出来ている。
当時も旅の疲れを癒すと同時に人と商品の安全を重視したのであろう。
霊廟は現在博物館になっていて、入口には‘あなたが外から見えるのと同じようになるか、または内面と同じように見えるようになるか、どちらかになりなさい’、私のもとへ来なさい、あなたが無神論者でも偶像崇拝者でも、拝火教信者でもかまわないから来るのです‘と書かれているのだそうだ。偉大な思想家でもあったことが窺える。





































まず、正面の大ギャラリーの奥に行き巨大な坐像を見る、アメンホテプ3世と王妃ティの像である。
次に47号通路でのメンカウラー王の3柱神を見る、片岩製で上エジプトの白冠をかぶった王が真ん中で右に頭上に牡牛の角に挟まれた太陽円盤を頂く女神、左には上エジプトのアビドスを擬した女神を従えている。
この部屋の書記坐像は膝の上にパピラスの巻き物を広げ、右手は書き取りの準備が出来ていますといった様子である。顔は端正でいきいきとしている。部屋の左手には木造のカ・アペル像があり、力強さを感じさせる。
部屋の奥にはクフ王の小さい象牙製の像がある、高さ7.5cmのこの像が現存する唯一の像らしい。
ラーホテプは赤茶色に彩色されやや上目ずかいに正面を凝視している姿は威厳がある、ネフェルトの方はクリーム色で白い服をまとっている、顔や胸がふっくらとしており穏やかな感じである。

26号通路では20人位の人だかりの前でガイドがしゃべっている、ドイツ語のようだが、中王国時代のメンチュヘテプ2世像について説明しているらしい。
11号通路にあるハトシェプスト女王の頭部像は女王の容貌をよく表し、赤茶色に彩色された顔の色は男性として描かせたものらしい。
ハトシェプスト女王のスフインクスがある。
少し進んだ3号室にはアクエンアテン王の巨像4体がある、面長の顔は端正であるが腹が異常にふくれている。実際、王は下腹部がふくれていたようで、美化することなく自分をそのまま彫らせたらしい。
この通路の突き当たりにホルス神に守られる幼いラムセス2世像がある。






























