世界のえーとこ見に行こう!!   

ご用とお急ぎのない方は、ごゆっくりどうぞ。

スポット: 教会・神殿 (3ページ / 8ページ)

1日目 ヘルシンキ

シベリウス公園、テンペリアウキオ教会

北欧4ヶ国旅行1日目 ベルリン~ヘルシンキ


北欧4ヶ国の旅…フィンランド→スエーデン→デンマーク→ノルウェー

北欧4ヶ国旅行はフィンランドのヘルシンキから始まるが、旅の続きとして
ベルリンの空港の話から。

ベルリンのヨーロッパ線の発着はテーゲル空港となっている。
ツォー駅からバスで20分ほど、ベルリン・ウエルカム・カードが10時まで有効なのでの最後のお世話になる。

すこし早めに着いて、まずチェックインと思ってフィンランド航空のカウンターを捜すが見当たらない。インフォメーションデスクでカウンターの番号を教えて貰い、行ってみるとルフトハンザの標識がでている。

しばらく様子を見てから係員にチケットを見せてフィンランド航空のチェックイン・カウンターは何処かと尋ねると、ルフトハンザが終わった後、このカウンターでフィンエヤーがチェックインをすると言われて一安心する。

テーゲル空港は手狭な空港なのでチェックイン・カウンターも共用しているようだ、ブランデンブルグ国際空港(新空港)はまだ先の話しらしい。

時間になり無事にチェックインを済ませると、EU内なので出国審査はなく、カウンターのすぐ裏が待合室になっていて、久しぶりに英語の新聞を手にする。
ほぼ定刻に出発。フライトは5時間弱だが、時差が1時間あって、12時過ぎにヘルシンキに到着、日本からのツアーにこのヴァンダー空港で合流することになっている。

ツアーが到着するまで3時間、読み残しの推理小説を読みながら過ごし、到着時間の少し前に到着ホールに行くとツアー名のカードを持った年配の男の人が立っている。現地参加の者ですと自己紹介して、ツアーが出てくるまでしばし歓談する。

彼はもとホテルマンで、ヘルシンキのホテルに長い間勤めた後、ガイドの仕事をしているとのこと。北欧の旅行では、ヘルシンキは無視されるか、ヘルシンキに泊るツアーでもトランジットになってしまうので残念でしかたがない、少しゆっくりしてフィンランド人のロマンに触れてほしいのだそうだ。

ツアーと無事に合流し、ヘルシンキの市内観光が始まるが、日程表を見てみると、なるほど‘簡単なヘルシンキ市内観光’とある。

ツアーは21人参加と聞いていたが、新婚さんが1組、家族連れの3人、熟年新規参入組が4人で、残りは年季の入った熟年といったところ、善男善女の楽しい旅になりそうだ。

シベリウス公園

バスが最初に停まったところがシベリウス公園。シベリウスはフィンランドの偉大な作曲家だそうで、交響詩‘フィンランディア’は有名なのだそうだが音楽音痴には偉大さが分からない。


公園の中ほどにシベリウスを讃えるモニュメントがある。

長短いろいろなサイズの約600本のステンレスパイプが房のようになった感じのモニュメントで、女性彫刻家、エイラ・ヒルトゥネンがコンペで選ばれて1967年に作ったもの。

作品について当時は激しい議論があったらしいが、今では観光客が必ず訪れ、各国の要人も顔を見せるヘルシンキの名所となっているとのこと。
作品はシベリウスが森のなかで幻想したことを聞いて抽象的に表現しているものだそうだ。傍にシベリウスの頭部像があるが、モニュメントの表現するものとはどうも違和感があるがどうなのだろうか。

公園には岩肌があちこちにみられるが、フィンランドの地は岩盤の上にあるようなもので、50センチも掘れば岩盤なのだそうだ。

バスが再び走り出し、しばらくすると国立オペラ劇場が見えてくる。ガイドさんによればフィンランド人の普段の生活は質素で、物を買わないそうだ。
服もいいものを1着もっていて音楽会やオペラにはそれを着て出かけるのだそうだ。

世界でもトップクラスの所得の高い国だが、物が豊富な贅沢よりも自分の時間を大切にし、夏には長い休暇をとって自家用ボートでサマーハウスに出かけて家族と過ごすというのがフィンランドの人々の生活スタイルらしい。

テンペリアウキオ教会

次の観光がテンペリアウキオ教会。


1969年に設計コンペで選ばれた若い二人の建築家の作品で、岩山を上から堀込んでドームを載せる作りとなっている。自然な形で残そうとしているためか、入口は地下鉄の入口のようでうっかり見過ごしてしまいそうだ。


入口の上の十字架の拡大図

入口の上にある十字架は錆びていてこれが十字架なのという感じである。


中に入ると、バリヤフリーなのか、階段がないし、祭壇がない、側面には岩肌がむき出ている。中世ヨーロッパの教会のイメージとは全く異なるものだ。


パイプオルガン…岩肌に貼り付けられている感じだが、音響効果がよく演奏会がしばしば行われるらしい。

銅板の天井ドームと岩の間にはガラス窓がはめ込まれていて自然の光が取り込まれている。

さすがにルター派の教会、壮麗な建物や装飾はなくても、自然を生かして厳かな感じを醸し出している。

 

11日目 ベルリン

旧ナショナルギャラリー、旧博物館、ジャンダルメンマルクト、シャルロッテンブルグ宮殿、イーストギャラリー

ロンドン、ドイツ東部旅行11日目

いよいよベルリン観光の最後の日である。

今日の予定は旧ナショナルギャラリーと旧博物館を観て、ドイツで一番美しいといわれる広場、ジャンダルメンマルクトに行き、フランスドームとドイツドームをみること。シャルロッテンブルク宮殿をみて、その後チェックポイントチャーリーやイーストサイドギャラリー、ベルリンの壁記念センターなど東西ドイツの跡をみることなどである。

旧ナショナルギャラリー(Alte Nationalgalerie)
チケット売場で、ベルリンウエルカムカードは使えないと言われ、料金を尋ねると8ユーロだと言われる。絵画館が6ユーロだったので高いと呟くと、このチケットでこの美術館、ペルガモン博物館、旧博物館の3つが観れますと言われて納得。

この美術館には18~20世紀、ドイツ新古典主義、ロマン主義や表現主義などの絵画が多数。


旧ナショナルギャラリー


フリードリッヒ…孤独な大木


フリードリッヒ…樫の森の僧院


フリードリッヒ…窓辺に立つ女


コリンズ…ドナ・グラヴィタ


ルノアール…花咲く栗の木


カーライド…豹に乗ったバッカス?

メンツェルの‘サンスーシ宮殿でのフリードリッヒ大王のフルートコンサート’、‘製鉄工場’、コリンズ、‘ 盲目のサムソン’、ベックリン、‘死の島’、フリードリッヒは‘樫の森の僧院’、‘浜辺の僧侶’などシンケルの‘朝’、ベックマン、‘小さな死のシーン’などなど。

シンケルの岩場に建つ大聖堂、山からのイタリアの眺め、岸壁、ギリシャの黄金時代などフリードリッヒの窓辺の女、メンツェル、舞踏会での夜食、ベックリンの‘死神のいる自画像’など名品が多数、日本におけるドイツ05/06年のベルリンの至宝展で東京、神戸に出かけているようだ。

ベルリンの至宝展におしげもなく名品を多数貸し出しているのはドイツの太っ腹なのか、日独関係の強さなのだろうか。

フランス印象派はモネ、マネ、ルノアールなど。ドガの‘会話’やセザンヌの‘静物’なども。マネの‘温室’も日本に出張とか。
フリードリッヒやシンケルなどドイツロマン主義は風景画が多いようだ、物寂しい自然の風景は人間の心を写しているのだろうか。

ゴットフィールド・シャドーの‘プロシャの二人の王女’、‘休息している女性’、アントニオ・カノーバの‘青春の女神ヒービ’など彫刻も名品揃いらしい。

旧博物館

ベルリン大聖堂の前の遊歩庭園(ルストガルテン)の北側、イオニア式円柱がずらっと並ぶファサードを持った建物がシンケル設計の旧博物館である。


入口を入ると天井の高い円形の大ホールで、ローマのパンテオンに倣ったのか天井は吹き抜け、ホールの周りに神々の彫刻がならんでいる。


墓碑…ギリシャ時代、戦争で亡くなった近親者をしのぶ墓碑がたくさん作られた。


ヴィーナス立像

奥の展示室にはギリシャ、ローマ時代のレリーフ、彫像、壷など、圧巻はヴィーナスの立像で、愛と美の女神らしい魅力に満ちた姿にしばしうっとりする。
黄金の魚など金の品々が集められている部屋もある。

旧博物館の見学を終え、ペルガモン博物館をもう一度見たくなり、ゼウス大祭壇のレリーフ、イシュタール門、行列通りなどを見て回る。

ジャンダルメンマルクト


ウンター・デン・リンデン通りからフリードリッヒ通りを歩く、この辺りの街並みが一番落ち着いている感じである。


国立劇場…工事用のパイプとテントが張ってある


フランスドーム…全面テント覆われている。


ドイツで一番美しい広場と言われるジャンダルメンマルクト。左右に並ぶドイツドームとフランスドーム。フランスドーム全面テント覆われ、国立劇場も工事用のテントが掛けられている。ドイツで一番美しい広場と言われる実感は湧かない。

シャルロッテンブルク宮殿

ツォー駅に戻り、109番のバスに乗ってシャルロッテンブルク宮殿へ。


霊廟
宮殿の内部はガイドツアーになっていて時間待ちになるので、内部の見学はあきらめて、歴代プロイセン王が眠る霊廟を見て、広大な庭園を散歩する。


ベルリンの壁跡





この後は東西ドイツの跡、チェックポイントチャーリー、イーストサイドギャラリーを見て回る、ベルリンの壁記念センターは残念ながら閉館時間となってしまった。

これで、今回のドイツの旅は終わり、2015年には博物館島の修復が終わりになるらしいので、そのころもう1回ベルリンをゆっくり見てみたい。

明日からは北欧4ヶ国観光のツアーに現地参加することになっている。フィンランド、スエーデン、デンマーク、ノルウエーそれぞれ見どころがたくさんあり、楽しみである。

で、今夜はスーパーで買ってきた野菜サラダにビール、屋台のソーセージと最後のカップめんでベルリンの侘しいディナーを済ませる。

8日目 ベルリン

カイザー・ヴィルヘルム記念教会、クーダム、ティアーガルテン、ベルリン大聖堂

ロンドン、ドイツ東部旅行8日目

ドレスデン~ベルリン
あと半日ドレスデン観光をして16時4分に出発するスケジュールになっていたが、予定していたところは見終わったので早めにベルリンに発つことにして、中央駅の切符売り場で時刻を調べて貰う。

変更するには料金が必要だがよいかと聞かれ、日本で座席指定料US$11を払っているのに追加料金が要るのかと尋ねると、3ユーロだと言われる。何らかのサービスを提供したらそれに見合う料金を請求するということか知らんと思いながら、ドイツ国鉄のがめつさに感心して3ユーロを払う。

12時4分に出発、2時間半弱でベルリンに到着。
ベルリンの宿はツォー駅の近くにしていて、主な列車はツォー駅に停車すると旅行案内書に書いてあるので油断していたが、チケットをよく見ると下車駅はオスト駅となっている。あわててオスト駅に降りるが、位置関係が分からない。

子供連れの女の人にツォー駅に行きたいのだがと尋ねると、「今来た電車に乗りなさい、ツォー駅は8つ目の駅ですよ」と教えられて、Sバーンという電車に乗る。アレキサンダー広場とかフリードリヒなど聞いたことのある駅名をみて安心しているとツォー・ガルテン駅に着く。

あとで分かったICEなどの発着はツォー駅ではなくオスト駅となっているようだ。

ベルリン観光その1

ベルリンには4泊、少し贅沢してツアーのクラスでは‘スーペリア’のホテルにしている。

しばらく休んで市内に。
まず、足場固めにツォー駅の周辺を歩いてみる。

ツオー・ガルテン駅


グロテスクな建物が見えてくるが、これはカイザー・ヴィルヘルム記念教会。第2次世界大戦の爆撃で廃墟となったが、ベルリン市民の希望でそのまま保存されているらしい。

オイロッパ・センターのインフォメーション・センターで地図を貰い、クーダム通りをぶらぶらする。

クーダム通りの賑わい

インフォメーション・センターの話では、ベルリンの観光は東西を走っているバスがあって、100番と200番の2つの路線があり、頻繁に走っているので便利だということだ。ヨーロッパの都市ではバス路線は複雑過ぎて市内の移動は地下鉄にしているが、ベルリンでは景色の見えるバスがよさそうだ。

ツォー駅に戻って100番のバスに乗る。バスは前から乗って切符をドライバーから買い、刻印機に通して乗車時刻を刻印するようになっている。切符を持っている人はドライバーにちらっと切符を見せるだけだ。


ベルリン大聖堂


アレキサンダー広場、マリエン教会


ベルリンテレビ塔


市庁舎

バスは2階建て、前方の席に座ると、町の真ん中に広がるティーアガルテン、戦勝記念塔ジーゲスゾイレ、6月17日通り、連邦議会、ウンター・デン・リンデン、フンボルト大学、ベルリン大聖堂など観光スポットが次々に現れてくる。

バスは5~6分間隔で走っているし、バス停の間隔も短いので間違って降りても心配なさそうだ。
アレキサンダー広場で降りて、マリエン教会や赤の市庁舎、テレビ塔などを見る。

 

 

6日目 ドレスデン

レジデンツ宮殿、宮廷教会ホーフキルフェ、フラウエン教会

ロンドン、ドイツ東部旅行6日目

ミュンヘン~ドレスデン
ミュンヘン、10時47分発のICEだが、7分遅れでライプッチッヒに向けて出発、ドレスデンまで7時間の旅なので1等車を奮発している。

座席の背は革張風で硬い、ルフトハンザの席も同様であったが、ドイツ人は革張風が好きなのだろうか。


車窓はアウグスブルグ、ニュールンブルグなどバイエルンの広大な穀倉地帯がどこまでも続く感じである。
ドイツ国鉄のサイトから時刻表をアウトプットしているが、少しずつ遅れをとり戻しているようだ。

バンベルグという駅で日本人のビジネスマンが前の席に乗り込んできて、急に暑くなったことやコンフェデカップ、高原のことなど話す。ベルリンに行くのかと聞いたらライプッチッヒに行くとのこと、ライプッチッヒにはポルシェやBMWなどがあってビジネスも盛んなようだ。

ライプッチッヒが近づく頃には遅れはほとんど取り戻したようだが、駅の入口付近で停まって動かなくなる、乗換え時間が6分しかないし、プラットフォームの番線も離れている。同じようにドレスデンに行くイギリス人とドアーの前でいらいらしたりしたが、なんとか接続に間に合う。

ライプッチッヒからドレデンへはREと言う地域間急行で、ICEより格が落ちる感じである。1等の席も2等と同じ車両に、同じ座席が10席ほど区切られているだけだ。

ドレスデンが近づいてきて、前の席の人にドレスデン中央駅で降りるのだがと聞くと、次の駅で降りなさい、自分も降りると言われる。

プラットフォームを出て、ホテルは駅の裏手で、すぐ近くにある筈だと見回すが、どうも様子が違うようだ。駅の係員にホテルの地図を見せると、ここはドレスデン新駅で、中央駅は2つ先だと言われる。

電車やバスに乗った時にはよっぽど自信がある時以外は行き先が正しいかどうか、近くの乗客に確認することにしているのだが、セントラル・ステーションの発音が悪いのか、町の中心と誤解されたようだ。こうした失敗はあまりないが、これも旅の楽しみの一つだと思っている。

ドレスデン観光その1

予定より遅れて6時にチェックインし、日没は何時頃かと聞くと、10時でも明るいよと言われ、明日の観光の下見に出かける。

中央駅から10分ほど歩くともう旧市街で、アルトマルクト広場に着く。広場の右手に文化会館。少し奥に聖十字架教会がある、少年合唱団で有名なのだそうだ。隣には新市庁舎。


聖十字架教会…有名な少年合唱団の本拠地


アルトマルクト広場からレジデンツ宮殿を眺める。

さらに少し進み、レジデンツ宮殿の中央門館(ゲオルゲン・バウ)をくぐると宮殿広場に出る。

広場はエルベ川を背に宮廷教会ホーフキルフェ、レジデンツ宮殿や旧ザクセン州議会などに囲まれている。教会の裏手にはテアター・プラッツ広場を挟んでオペラ座とツヴィンガー宮殿があり、このあたりがザクセンの都の心臓部のようだ。

これらの建物は第2次世界大戦では勝敗がすでに決していた1945年2月13、14日に連合軍が見せしめのために徹底な破壊を行ったと言われている。


エルベ川のクルーズ船


エルベ川沿いのブリューゲルテラスで暫し休憩

エルベ川沿いのブリュールのテラスに上り、クルーズ船を見ながらしばらく休息し、君主の行列、アルベルティーヌム、フラウエン教会、オペラ座、ツヴィンガー宮殿などを見て回る。

レジデンツ宮殿

レジデンツ宮殿中央門館


劇場広場から見たレジデンツ宮殿西館とカトリック旧宮廷教会

ザクセン選定公、後にポーランド国王も輩出したヴェッティン王家の居城。
ゲオルク長髪王の居館として16世紀の初めに建てられたゲオルゲン・バウが最初にルネッサンス装飾も美しく修復されている。

往時の姿そのままのように黒ずんでみえるのはザクセン産の砂岩が鉄分を含んでいるためらしい。高さ100mの塔ハウスマンス・トゥルムを持つ西翼館周辺のパレスや館など、すべての再建は来年の予定となっている。

宮廷教会ホーフキルフェ

この宮廷教会は18世紀半ばにアウグスト2世によって建てられたが、プロテスタントがほとんどのザクセンの地にカトリック教会をつくるには国王といえども秘密裡に建設準備をし、完成後も非公認扱いとされたらしい。

もっとも、父親のアウグスト1世がカトリックに改宗したのはポーランド王になるための単なる手段であったと言われ、プロテスタントとの妥協もさほど心が痛まなかったのかもしれない。

高さ83m、透かし造りの塔。欄干には78体の聖者像が並ぶバロック様式の教会は壮大で、ザクセン最大のカトリック教会である。

フラウエン教会

ブリューゲルテラスからフラウエン教会を見る。


フラウエン教会

近くにあるフラウエン教会は、プロテスタント市民のための教会として、また王のカトリックへの改宗に対する反対の意思表示として建設されたといわれている。
直径24mのドームを持つこの教会はバロック様式の美しい教会として世界に知られていたが、連合軍の爆撃で壊滅してしまった。

戦争の悲惨さを伝えるために永い間、廃墟のまま残されていたが、瓦礫の山から破片を集めパズルのような再建が1994年から続けられ来年には美しい姿が再現されることになっている。


ザクセン州立歌劇場

君主の行列
レジデンツ宮殿アウグストス通りにある。壁に長さ100mに渡ってマイセン磁器で君主の行列が描かれている。35人の君主の行列が描かれているそうだ。

9日目 ジェラシュ

カルド、フォーラム、ローマ劇場、アルテミス神殿

シリア、ヨルダン旅行9日目(最終日)
ジェラシュ観光

シリア、ヨルダン旅行の最終日である。午前中にジェラシュの観光をして、昼食後、アンマン空港に向かう予定となっている。ホテルを出発して40分くらい走り、小川が流れているところでバスが停まる。

ヤボク川といって、旧約でヤコブが神と闘って勝ち、イスラエルの名を授けられたという物語の舞台だそうだ。残念ながら、今は工場廃水で汚染された小さな川に過ぎない。
ヤボク川から20分あまりでジェラシュに着く。

ジェラシュ

ガイドさんによれば、ジェラシュが歴史に登場するのはBC4世紀、アレキサンダー大王以降のことで、AD1世紀、ローマ軍がこの地方を支配するようにまると、ジェラシュはローマの属領となり、ダマスカス、フィラデルフィアなどの10都市からなるデカポリスに組み入れられた。そして、隊商都市としてデカポリスのなかでも栄えた都市だそうだ。

ジェラシュ遺跡地図

AD129年、ハドリアヌス帝がここを訪れて以来、凱旋門を初め、アルテミス神殿、北劇場、競技場、西浴場等が造られた。全長3.5kmの城壁に囲まれた町は、東側が市民が暮らす住居、西側がアクロポリスになっている。

15の教会跡が発見され、モザイクも残っているが、殆どの教会は5~7世紀に建てられたもの。746年の大地震でジェラシュ全体が廃虚となったらしい。

凱旋門、競技場、劇場、フォーラム(アゴラ)、列柱道路、ゼウス神殿、アルテミス神殿、浴場とくれば、これは立派にローマである。パルミラやペトラなど今回のツアーで訪れた遺跡はメソポタミアやフェニキア文明とローマが混じり合っているか古代オリエントの痕跡を残しているが、このジェラシュは100%ローマ遺跡である。

ガイドさんの説明を聞きながら、順番に見ていく。

ハドリアヌス帝の凱旋門


凱旋門

皇帝ハドリアヌスがここを訪れた記念に造られた。中央のアーチとその両側に小さなアーチからなっている。

競技場(ヒポドローム)

160m×65m、競馬や馬車競技などが行われた。ベンハーの戦車競争が行われたあの舞台である。BC2世紀のもの。
11時からローマ時代の戦車競争を模したショーが行われるそうで、料金はUS15$、何人かは参加されるようだが、自分はもう少し遺跡を見たいのと、博物館があるらしいので、ショーは遠慮申し上げる。

南門


南門…ジェラシュ市街への入口。城壁は3.5㎞あった。

城壁に囲まれた市街への入口、中央のアーチとその両側に小さなアーチからなっている。ハドリアヌス門と同じ様式。

フォーラム(アゴラ)

80×90mの楕円形の広場。楕円形はローマの広場では珍しいらしい。
円柱も柱頭が羊の角のように渦巻きになっているイオニア式で、ローマ遺跡では珍しいとのこと。床は敷石で舗装されて、中央の基段には像が置かれていたという。

ゼウス神殿

フォーラムの左上にある。破壊が激しくて柱が7~8本残っているだけで、柱の残骸が辺りちらばっている。基段は41×28m、高さ15mのコリント式柱で囲まれていたらしいが全体は想像できない。AD2世紀に再建されたものが現在に遺跡、最初の神殿はAD1世紀の初めに建てられたという。

列柱道路(カルド)

フォーラムにから南北に伸びているのがカルド、ジェラシュのメインストーリートで長さ800m。かつては両側にそれぞれ260本の円柱、計520本が並んでいた。
敷石はオリジナルで轍の跡が残っている。道路の下に平行して地下水路が造られていたことが敷石の隙間から見える。ここにもローマの高度な土木技術がみてとれる。

列柱は現在、左右に70本ほどのコリント式、イオニア式の列柱が復元されていそうだ。

四面門

フォーラムから150mほど歩くと十字路に出くわす。南北に走るメインストーリートが東西の道路(デクマノス)と交っている所で、4本の柱が立ちドーム型の屋根を支えていたそうだ。


デクマノス

カルドを南に行けばフィラデルフィア、北はガダーラ。デクマノスをずっと東に行けば地中海に出る。

ニンファエム

さらにカルドを進むと、道路に向かって半円形に大きく開いた噴水がある。祭儀や園芸に使われた。ギリシャ神話に出てくるニンフの噴水である。AD2世紀末のもの。

アルテミス神殿

ジェラシュの遺跡の中で1番大きいのがアルテミス神殿で、ジェラシュの守護神アルテミスに捧げられた。アルテミスはオリンポス12神の一人、アポロンと双子の兄妹で狩と豊穣の女神。英語ではダイアナ。


アルテミス神殿内陣
中庭が160×120mあり、神殿の基壇も40×23mと壮大なものであった。

神殿はもともと2重の列柱で囲まれていたが、現在残っているのは前面の1部で、南北に11本、東西に6本、13mの柱が立っている。神殿はジェラシュの最盛期AD2世紀に着工されたが、一部未完成となっているとのこと。

耐震構造になっていると言われ、丸く削られ柱の底が地震で揺れてもエネルギーを吸収するらしい。

ガイドさんがキーを間に挟み、われらの代表が柱を押すと微かにキーがゆれるのが分かる。

北劇場

アルテミス神殿の傍にあるのが北劇場、ローマ劇場で、客席は14段、2000人収容した。演劇や詩の朗読、罪人を動物と闘わせたりした。BC2世紀の中頃の建築、7世紀の地震で建物部分が壊れた。

ビザンチン教会

15のビザンチン教会が建てられていたが、保存状態がよいのが、聖ジョージ教会、洗礼者ヨハネ教会、聖コスモス教会。床のモザイクが残っている。

南劇場


南劇場

高台の道を戻り、フォーラムの真上辺りにあるのが南劇場。BC2世紀のローマ式劇場で3000人収容できた。席は予約制だったらしい。音響効果が抜群で現在もイベントに利用されているそうだ。

博物館


アルテミス神殿の復元模型


柱頭や梁に刻まれた模様

競技場の傍に博物館の分館のような所があり、のぞいてみるとアルテミス神殿の復元模型や神殿の崩れた柱頭や梁の一部が展示されている。模型をみるとアルテミス神殿の壮大さに改めて感心させられる。柱頭や梁には柘榴やぶどうなどの模様が鮮やかに刻まれておりローマ人の装飾好きがよく分かる。

博物館の本館はフォーラムの右手の丘の上にある。一部屋だけの小さい博物館でジェラシュの遺跡から出土したコインなどの出土小物が展示されている。こまごまとした遺物が展示されている。モザイクが目にとまるていど。ここも撮影禁止とは驚きだ。

アルテミス神殿と南劇場をもう1回見物、競技場のショーを遠くからちょっとだけ眺めてジェラシュ遺跡の見物は終わり。

10日間のツアーはあっと言う間に終わった感じですが、中身の濃いツアーでもありました。アレッポ博物館とダマスカス博物館が頭の中で混線しています。

次はメソポタミア文明の本丸に、と思ってもブッシュがグチャグチャにしてしまったので生きている間に行けそうもありません。

北九州、米子、千葉から参加されたご夫婦にはアットホームで楽しい旅にして頂きました。広島と千葉の美女2人にも色々と楽しい話を聞かせて貰いました。
元気印の添乗員さんは、添乗の仕事は満点でした。通訳の仕事も大変でした、2~3分り難い所があったようですが一生懸命で合格点ですね。

皆さんに感謝、感謝。

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