ナショナルギャラリー
9時に朝食をとり、10分ほど歩いてナショナルギャラリーへ。
絵の素養はないが絵を観るのは楽しいのでツアーのフリータイムなどは美術館巡りをしている。

日本語のイヤホーンガイドを借りる。
東翼ギャラリーから年代を遡ってセインズベリー館までを観て廻り、ショップでナショナルギャラリー・ガイドを買ってお昼の休憩。午後は年代順にセインズベリー館から東翼ギャラリーまでをみる。(頑なにカメラ撮影を禁じていたナショナルギャラリーも最初の訪問から20年近く経つ最近になってフランスに圧されたのかカメラ撮影OKにした。そこでナショナルギャラリーにホームページの画像を個人のブログに載せる許可を求めた。不許可という返事は来ていないので承認されたものと了解している)


元々のブログは記事感想のみで無味乾燥であったが、画像が入ることですこしはましになっていると思うのだが・・・

セインズベリー館
ベルリーニ

ヴェネツィア総督レオナルド・ロレダンの肖像:ナショナルギャラリーの館内案内の表紙を飾っているのでギャラリーを訪れる人が最初に目にするのがこの肖像である。総督に選出された直後に制作されたと言われている。
式服であるケープと角型の帽子を身に付けており、式服の布地は金糸で文様を織り出したダマスクスだそうだ。新しい素材の光沢感を表現する巧みな技法をベリーニは16世紀初頭に身につけていたらしい。顔の右側の光の当たる側は厳しく、左の影になった側は慈悲深く見える。

ファン・エイク

アルノルフィニとその妻の肖像:15世紀の初頭まだ油絵の技法がされていなかった頃にファン・エイクは油彩技法を駆使して、例えば妻のドレスに見られるように質感のある描写に仕上げた。また、窓のすぐそばにあるアルノルフィニの右肩は暗い雨戸とは対照的に明るく浮き立って見え、逆に左の肩と胸は背面の明るい壁にに対してシルエットになっているようである。ファン・エイクは大気中にある光の見え方をそのまま捉える力量があった。
なお、妻のふくらんだお腹は妊娠しているのではなく当時のファッションなんんだそうだ。

ウッチェロ

サンロマーノの戦い:シエナとの戦いフィレンツェの勝利を表しているのだそうだが、歴史的な事件の再現ではなく王侯貴族の宮廷で好まれた装飾主題らしい。中央の馬に乗り、金と赤の豪奢な帽子を被ってフィレンツェ軍を率いるなはニッコロ・トレンチーノはコジモ・メディチの頼もしい友人だそうだ。ルーヴル美術館にも同様の絵が展示されている。

ボッティチェリ

ヴィーナスとマルス:愛と美の女神ヴィーナスは恋人の軍神マースが眠っているのを見ていて、子供が耳元でほら貝を吹こうが、スズメバチがうなろうが、マルスは目覚めない。情交により男は消耗し、女は生き生きとしている情景は古代神話とは関係ないように思えるのだが・・・

南翼ギャラリー
ラファエロ

アレクサンドリアの聖カタリナ:カタリナは天から細い光線として降り注いでいる聖なる光るを迎える光悦のうちに頭を右上に向けている。彼女は今、車裂きの刑のために用意された車輪にもたれかかっている。
カタリナはなまめかしく体をよじり赤いマントの裏の黄色い布地が体に絡み、腰のところでは金色の螺旋のようにねじれてドレスに巻き付いている。天国から降りそそぐ光を全身で吸収しようとしている。
教皇ユリウス2世の肖像:自ら軍隊を率いて出陣した激しい気性の教皇だが、波乱にとんだ人生の晩年にはこの絵のように瞑想的な人物になったのか。

この肖像画を見た教皇はいたく気にいったそうが、生命観感に溢れ、真に迫っているこの肖像画は幾多の肖像画のなかでも群を抜いている。

ダ・ヴィンチ

岩窟の聖母:幼い洗礼者ヨハネは聖母のマントに庇護されながら幼子キリストを礼拝しているところが独特の甘美で柔らかな雰囲気で描かれている。
ダ・ヴィンチは何で岩窟の中に聖母子と洗礼者ヨハネを置いたのだろう。
洞窟は、中の暗闇の怖さと中を覗いてみたいとする願望も起こさせるので、洞窟の中に聖母子と洗礼者ヨハネを置くことで神秘性と神聖さを描き出したたのではないだろうか
ルーヴル美術館も同じ構図の「岩窟の聖母」が展示されている。
聖母子と洗礼者ヨハネ:岩窟の聖母の後ろの薄暗い小部屋の展示されている。画稿で壊れ易いために光を避けて薄暗いところに展示されているようだ。作品は聖アンナが聖母を膝に乗せ、聖母の腕に抱かれた幼子イエスが身を乗り出して洗礼者ヨハネを祝福している。聖アンナの左手は輪郭だけのままである。幼子イエスのもの言いたげなまなざしと微笑みの表情が窺え、何とも心に残る作品である。

ミケランジェロ

キリストの埋葬:埋葬のために墓に向かうキリストは右側を赤い服を着た聖ヨハネに支えられ、左手は女性の腕に絡められている。女性の服は元は緑色であったが、年月を経て茶色に変色してしまったのだそうだ。聖ヨハネの足元でひざまずいているのはマグダラのマリアだろうか。
両側の人物に比べてキリストが小さいのが気になる。気になると言えば処刑の後、埋葬のたて墓に向かっているキリストの頭には茨の冠もないし、手足、腹部に傷もついていない、と言うことはこのキリストの埋葬は未完成のままと言うことのようだ。

ブリューゲル(父)

三王礼拝:農民風景画家として知られるブリューゲルだが、この三王礼拝には田園風景とか王の随員なども描かれていない。
王たちは持参した黄金や乳香、没薬を幼子イエスに差し出しているが、幼子イエスは微笑んでいるが、差し出されたものにはいやいやをしているようだ。周りの町民や兵士は三王礼拝には無関心で豪華な贈りものにだけ目を注いでいるように見える。ブリューゲルらしく風刺のきいた絵になっている。

ティントレット

弟子たちの足を洗うキリスト:夜の光景であろうかうす暗く描かれている。
イエスはタオルを腰に巻き、弟子のむき出しの足をタライに漬けながら見上げている。慈愛に満ちたキリストの行為を弟子はペテロなんだろうが、恐れ多いいと思いながらも素直に従っているようだ。
左の松明持った人物はユダ、パンの切れ端を貰うとすぐに出ていくようだ。

ティツアーノ

ノリ・メ・タンゲレ:ノリ・メ・タンゲレは’我に触るな’と言う意味。
キリストの死後、最初の奇跡、復活の場面である。マグダラのマリアは復活したキリストを庭師と勘違いして、遺体をどこに移したのか教えてくれと言っている。彼がマリアの名前を呼んだので、キリストだと気づき’師’と呼びかけるが師は私に触れてはいけないと諭す。
キリストの奇跡と牧歌的な詩情とが結びついて、忘れがたい情景を生み出している。

バッカスとアリアドネ:テスウスが怪物ミノタウロスを倒す手伝いをしたアリアドネはナクソ島に置き去りにされた。画面左にはテスウスの乗った船が沖に去って行くのが見える。その時、シンバルや太鼓の打ち鳴る音と共にバッカスがやって来る。バッカスはチーターの曳く凱旋車に乗り賑やかな供を連れている。テセウスに見捨てられて嘆き悲しんでいたアリアドネは凱旋車から降りてきたバッカスの花嫁の申し出を受け入れる。バッカスや連れのお供たちが何とも賑やかに描かれている。

コレッジオ

ヴィーナスとメリクリウスとキューピッド(愛の学校):ヴィーナスの右肩の後ろに翼のようなものが見えるが、このヴィーナスは神話由来ののものではなく、女性の官能的なヌードである。母親らしくキューピッドを気遣う素振りも見せず、豊満な匂うような女体でこちらの視線を誘っている。

北翼ギャラリー
クロード・ロラン

シバの女王の船出:早朝の光の中に描かれた海岸の遠望である。シバの女王が自ら抱える難題にソロモン王の知恵を授かるための旅である。今、女王は港を離れ光に向かって船出している。太陽は絵の真ん中にあり、朝の光を港に伸ばしている。理想的な風景が演出されている。

デ・ホーホ

デルフトの家の中庭:オランダ南部のデルフトにおける市民の家庭生活いるようだ。主婦が家族のためキチンと手入したた環境で日々の生活を送っている。中庭も家も古くあちこち壊れた蔦棚は今にも崩れ落ちそうである。ほうきは植込みのそばに倒れ、桶がそばにあるので先ほどま使われていたようだ。女中が小さい子の手をひいて何か教えているようだ。市民の家庭生活の慎ましい美徳がが窺える作品である。

フェルメール

ヴァージナルの前に立つ若い女性:フェルメールはわずか30数点の作品を残して43才で早世した。この作品では若い女性がヴァージナル(小型のハープシコードのようなもの)の鍵盤を叩きながらこちらに視線を向けている。フェルメールの作品によく見られるように左の窓を通して穏やかな陽光が差し込み、床の大理石、白い壁、椅子のビロード、女性のスカートの襞の量感やふわっとした上着の質感など光の効果を通して描き分けられている。

今回の旅ではマウリッツハイスも予定しているので’真珠の首飾りの少女’も見られると思うので楽しみである。

ムリーリョ

2つの三位一体:父なる神と子のイエス、聖霊の鳩が天上の三位一体を構成し、ヨセフ、マリアとイエスの聖家族が地上の三位一体を形づくっている。聖母マリアの視線は幼子イエスに注がれ、幼子イエスの右手は聖母マリアの指を握っている。幼子イエスの左手はヨセフの手のひらに置かれている。ヨセフは花の付いた小枝を持っているが、これは彼がマリアの夫なことの神の意志を表しているのだそうだ。
ムリーリョの聖母は優雅で甘美、絵の素養ないど素人には美術館巡りでムリーリョの聖母があるとわくわくするほどとりこにされている。
ムリーリョは晩年には’乞食の少年’など子供の情景をたくさん描いた。

ヴァン・ダイク

皇帝テオドシウスの大聖堂入堂を拒む聖アンプロシウス:聖アンプロシウスは4世紀のミラノの大司教。テオドシウス帝がテサロニカの人々を虐殺したため帝が大聖堂に入るのを拒んだという。テオドシウス帝が烈しく顔を突き出して聖人の方を見上げているが、聖アンプロシウスは左手でテオドシウス帝を抑え、頑として譲らない冷静な眼差しをテオドシウス帝に向けている。大司教の司教杖を持つ弟子は司教杖で帝を打ち負かそうとする勢いである。
真迫の場面が伝わってくるようだ。

チャールズ1世騎馬像:チャールズ1世の神授王権を表わそうとしている絵らしいが、堂々とした馬に比して馬上の人物がみすぼらしく見える。フランドル出身のヴァン・ダイクはイギリスに渡り、後半生をチャールズ1世の宮廷画家として活躍した。イギリスは長らく美術不毛の地でありヴァン・ダイクなど外国画家が席巻した。

レンブラント
エルミタージュ美術館で「放蕩息子の帰還」を見たとき、はっと息を呑んで立ちすくんだ経験があり、自分のなかでは古今東西、最高の画家はレンブラントだと思っている。

流れで水浴する女:モデルは愛人のヘンドリッキエ・ストフェルスだと言われている。彼女が裾をからげ小川を渡っているのを描きとめようとしたと見える。茶褐色の色調のなかで輝きを帯びる女性の肌は官能的とは違う何かを感じさせる。川岸に置かれている金と深紅色の衣装は女性が神話の登場人物、ディアナとかであることを示唆している。


63才の自画像:
レンブラントはたくさんの自画像を描いているが、63才で亡くなっているので、この63才の自画像が彼の人生最後の作品である。レンブラントは家族の度重なる不幸や自身の浪費ぐせで晩年は惨めな生活をおくった。この63才の自画像は波乱に満ちた人生を生きてきた後の穏やかな表情をしている。

ルーベンス

シュザンヌ・ルンデンの肖像(旧姓フールマン):シュザンヌは裕福な商人の家に生まれた。夫の死後、再婚した後の名前がシュザンヌ・ルンデンである。ルーベンスはフールマン家とは親戚関係にあった。
ルーベンスは美しく魅力的で、かつ、知性を備えた女性の肖像画をたくさん描いているが、このシュザンヌ・ルンデンは特別だったようで、後にルーベンスは彼女の妹と結婚している。
頭にはダチョウの羽根をあしらったつばの広い帽子を被り、胸の下で腕を交差させ、色白の肌は真珠のような透明感がある。また、大きな目は少しうつむきながら視線を正面からそらせているようだ。


サムソンとデリラ:旧約聖書の物語、デリラはサムソンの敵であるペリシテ人に買収され、サムソンをだまして彼の超自然的な力の源泉を聞き出す、それは伸びに伸びた頭髪であった。一夜を共にして疲れ切ったサムソンがデリラの膝で眠り込んでいる時、床屋さんが彼の頭髪を切り取ってしまう。女に対する情欲によって破滅する話は旧約聖書の時代から綿々と繰り返されている。筋骨たくましいサムソンがだらしなくデリラの膝で眠りこけているさまや豊満な胸元をはだいたエロチックな情景はルーベンスならではと思わせる。

ベラスケス

鏡のヴィーナス(ロークビーのヴィーナス):ベラスケスと言えばスペインの宮廷画家としてしか知らないので、作品のプレートでこのヌード画がベラスケスの作と知り驚いた。しどけない姿でベッドにもたれかかり鏡をみつめる若い女性の背中の真珠のような肌、細いウエイストや突き出たヒップ。キューピッドが鏡っを持っているので愛と美の女神ヴィーナスと思わせる仕掛けなんだろうが、神話をかたったヌード画であることに変わりはない。それにしても美しい。

カラバッジョ

エマオの晩餐:カラバッジョは激情にかられてたびたび喧嘩をし、果ては決闘をして人殺しまでしたが、実物をありのままに描き、強い明暗法で表現された作品は高く評価され、後にバロック絵画として確立する美術様式に与えた影響は大きく、ルーベンス、レンブラントなどカラバッジョの影響が見られると言われている。
このエマオの晩餐はキリストが復活後に弟子たちの前に出現したと言う奇跡の最初の場面を描いたもので、クレオパと仲間がエマオに行く途中、見知らぬ巡礼者が一緒になった。彼がパンを取り、祝福して裂いた時、彼らはその人がキリストであることに気づいた瞬間、左下のクレオパは思わず身を乗り出し、もう一人は驚愕して両手を広げている。人物とテーブルの果物などあたかもそこにあるようである。

東翼ギャラリーではドガ、ゴッホ、ゴヤ、マネ、モネ、など。

イヤホーンガイドを返却、ドネーションを入場料も含めて、ちょっとけち臭いが£10。
空港閉鎖テンヤワンヤに戻る→http://skoba.lolipop.jp/journal/ナショナルギャラリー-3/

大英博物館
地下鉄のトテナム・コート・ロードで降り、歩いて6~7分。
日本語のガイドを買い、日本語のイヤホーンガイドを借りる、有料。この日本語のイヤホーンガイドはパンテノン神殿のところしかカバーしていない。大英博物館は前にも見ているのでこの後はミイラを見ておわり、地下鉄へ。

ロンドンの地下鉄は行き先の最終駅が分からなくても途中駅がプラットホームに出る前に表示されているので分かり易いが、トテナム・コート・ロードでは表示が分からず、逆方向に。次がレクスター・スクエアー駅ではないので慌てて飛び降りる。他に同じ人がいたので分かり難いのかも。あとで気がついたのだが、プラットフォームが一つで左右反対方向に走る駅の場合は表示が分かり難いようだ。

ピカデリー・サーカスに出て、辺りをぶらぶらして、早めにホテルに帰る。