予定より30分ほど早く7時半過ぎにホテルを出発し最初のサファリ、ンゴロンゴロ保全地域(Ngorongoro Conservation Area )に向かう。距離は約180km、トイレ休憩もいれて3時間ちょっとの道程らしい。

アルーシャの町から続く道路は地図(旅行社から送られてきた唯一のサファリ資料)を見ると首都のドドマに通じるA104号線のようだ。
(ドドマはタンザニアの首都だが、議会が移っただけで政治、経済の中心は依然として昨日キリマンジャロへの途中、立ち寄ったダルエス・サラームにあり、中国の習近平が主席就任後の外国訪問でロシアに次いで訪れたタンザニアで首脳会談を行ったのもダルエス・サラームであった。因みにタンザニアで一番大きい都市がダルエス・サラーム、次がドドマ、3番目がアルーシャだそうだ)

A104号線は幹線道路の1つらしく舗装されていて走り心地はよいのだが、沿線は背の低い灌木がまだらに生え、枯れた雑草が赤茶けた土と混然としているような殺風景な景色である。しかも、この風景は30分走っても、1時間走っても変わらない。サバンナの真ん中に道路を造っているので、いくら走っても同じような殺風景な景色が続くのは当然なのかも知れないが、逆にサバンナの広大さを実感させられる。

1時間ほど走ったところで右折、(地図を見るとマクユニ村らしい)B144号線に乗る。B号線なので支線のはずだが、片道1車線の道路は白線もひかれ幹線の104号線より整備されている感じである。交差点のコーナーの看板にタンザニア国旗と日の丸のマークがあったので日本のODAで造られた道路のようだ。
途中、衣類や民芸品、果物などを並べている市場の村ともう1つの村などを過ぎ、さらにサバンナを40~50分も走っていると徐々に上り坂となる、で、しばらく走ってメインゲートに到着する。

ンゴロンゴロ

ンゴロンゴロとは何とも牧歌的で心地よい響きがする言葉だが、日本ではガイドブックかなにかの影響らしく、‘ンゴロンゴロ’はマサイ族の言葉で‘大きな穴’の意味だと一般に言われているようである。
しかし、ンゴロンゴロ(ngorongoro)は‘ngoro’と‘ngoro’をくっ付けた単語のようなので、2つに分けてもンゴロ(ngoro)、ンゴロ(ngoro)ではどちらが‘大きい’で、どちらが‘穴’なのか分からない。また、ンゴロン(ngoron)とゴロ(goro)に分けるのはちょっと不自然な感じである。

そんなことから、ンゴロンゴロは何かの音から来ているのではないか思ってネットの記事を少し漁ってみたら、ンゴロンゴロの語源は、この高原地域を敵から奪い取ったマサイの戦士たちが戦いの最中、身につけていた鉦(鈴?)がコォ-ロン-コォ(koh-rohng-kor)と鳴って相手を恐怖させた。このコォ-ロン-コォと鳴る鉦の音がンゴロンゴロの語源だと云う説明である。また、マサイの若者が牛を呼ぶ鉦がンゴロンゴロと鳴ったとことから来ている云う説もあるらしい。確かなことは分らないにしても、ンゴロンゴロが音から来ていると言う説の方が‘大きな穴’より説得力があると思えるのだが、どうだろう。

ドライバーがチケットを買っている時間を利用して、ゲートの脇のビジターセンターに入る。中央にはンゴロンゴロクレーターの模型が2つあり、1つはこの地域の全体の模型で、ンゴロンゴロクレーター以外にも幾つもの火山やカルデラが点在していることが分かる。また、西方には人類発祥の地とされるオルドバイ渓谷があるとかで、類人猿の展示コーナーも設けられている。もう1つがンゴロンゴロクレーターを拡大した模型で、添乗員によればカルデラの外輪は標高2400m、底は1800mなので深さが600m、大きさは南北16km、東西19km、面積265km2だそうだ。(阿蘇のカルデラの2/3くらいらしい)
模型の角に日本、タンザニア両国の国旗が貼られている。B144号線やこれらの展示などもODAかなにかの援助によるもののようだが、ンゴロンゴロが何となく身近に感じられる。

さて、ランドクルーザーの天井を開け11時過ぎにゲートを潜っていよいよサファリに出発する。
進入路を抜け外縁に沿って進んでいると霧が出始め、さらに20~30m先も見えない深いガスに覆われて来た。天候が急変して雨が降り出すのかと心配になるが、車はお構いなしにどんどん進んでいく。

30分ほど走って、下っているとなぜか霧が段々と晴れて来る。と、前方の草地にシマウマの群れが見えてきた。まだ、下り坂の途中なのにシマウマに出会うとは、今日は縁起がいいぞと思っていたら、黒牛らしきものが目に入ってきた、もしや、バファローかもと期待していると後ろから赤い牛がついて来たので 、マサイの牛と分かってちょっとがっかり。
さらに、少し下って展望の開けたところで写真ストップ、外縁の雄大な裾野や枯草一面のクレーター平原が広がり、正面には白っぽいマカディ湖が見える。乾季でも水面はあまり狭くはならないようだ。
道端のアロエもカメラに収めて出発進行。

で、12時過ぎにクレーターの底に到着、早速、あちらにもこちらにもヌーの群れがいる、ヌーの群れに混じってシマウマもいる。何でヌーとシマウマは一緒にいるんだろう?

うろ覚えでは、ヌーとシマウマは子供の時から一緒に育っているので仲間意識がある。また、シマウマは遠くまで見通せるので肉食獣の見張りができる、さらに、シマウマが草の上の新鮮な柔らかい部分を食べ、ヌーは草の真ん中の部分を食べるので食べ物の争いが少ない、そのうえ、数が少ないシマウマの方がヌーの群れをまとめているらしい・・・・??? などが理由らしい。

湖を右手に見ながら(東方向?)進んでいると、行く手をヌーの行列に遮られたり、遠くではヌーが一列になって行進しておりさながらヌーの大移動のような光景も見られる。

ヌーの群れをよく見ると、ヌーの群れの中に赤いマントを身に着けたマサイが見える。なんでンゴロンゴロクレーターの中にマサイが住んでいるの?と言うことだが、

ンゴロンゴロから西方140kmほどのところあるセレンゲティ国立公園(3百万年くらい前にキリマンジャロより高い山が大爆発、山の2/3ほどが吹っ飛び、噴火によって瓦礫や火山灰が堆積して出来たのがセレンゲティ大平原(約1万5千km2)、残った底地がンゴロンゴロクレーターだそうで、ンゴロンゴロもセレンゲティ大平原の一部であった)

セレンゲティが国立公園になって人の居住が認められなくなってから、それまでンゴロンゴロに住んでいたマサイの処遇を考えてセレンゲティ国立公園から分離、ンゴロンゴロ保全地域としてマサイが家畜を放牧して生活することが許されていると云うことのようだ。

4頭のイボイノシシがとぼとぼと歩いているのを眺めて、車は少し湖から離れるようだ。