早朝の5時半過ぎ、ドーハ空港に到着する。搭乗券入れの色(ワインレッド・・・優先乗り継ぎターミナル(ビジネス)、黄色・・・エコノミー、緑・・・サテライト)によって乗り継ぎのターミナルが分かれており、黄色の表示があるターミナルでバスを降りる。 以前にも利用したことのあるメインターミナルがエコノミーの乗り継ぎターミナルとなっているようだ。

ドーハでは出発が1時間近く遅れたが、それでも待ち時間は乗り継ぎ手続きの時間を入れても3時間ほどなのでストレスはあまり感じない。このブエノス・アイレス便もほぼ満席である。サンパウロ経由なので、リオのカーニバルが近づいているためなのか、もともと人の行き来が活発なのか良く分からない。モニターをフライトマップにしていると飛行ルートはアラビア半島を通ってリヤドの上空を飛び、アフリカ大陸を横切って赤道付近で大西洋に抜けるようだ。

ドーハからブエノス・アイレスまでのフライトは19時間近くと、たっぷり過ぎるほど時間があるので、今回は押入れから捜し出した‘マゼラン世界一周航海’、図書館でパラパラっとめくって面白そうだったブルース・チャトウィンの‘パタゴニア’やダーウィンの‘ビーグル号航海記’など読み物を持ってきている。

ところで、パタゴニアというのはパタゴンからきており、パタゴンは‘大足’という意味だとされている。‘パタ’は足、‘ゴン’は大きいという意味だという無邪気な解説もあるらしいが、スペイン語辞書を引いても‘ゴン’は出てこない、まして大きいという意味にはなりようがないのだが・・・・・

今回、ツアーの比較をした旅行社の1つの添乗員ブログには、次のような勇ましい解説もあった、

「ところで、パタゴニアってどうしてパタゴニアっていうかご存知ですか?
スペイン語では、‘より大きなもの’を表すとき名詞の後ろに‘~on’をつける法則があるのです。たとえば、料理などで使う大きなスプーンは、
‘cuchara’→ ’cucharon’、ライム(lime)はスペイン語でlimaと言います。では、ライムの大きいのは、‘lima → ‘limon’となります。もう、お分かりなった方もいると思います。

そう、‘limon’はレモンのことなのです。たしかにレモンはライムの大きなものと考えることができます。

さて、本題です。パタゴニアはなぜ、パタゴニアと呼ばれるのか? 直訳すると「パタゴンの国」ということになります。
‘pata(足) → patagon(大足)’、つまり大足の国ということになるのです。

時は、大航海時代、パタゴニア沖を航行していたスペイン人たちが、浜についていた足跡をみてとても大きな足跡だったので、「ここは大足族の住む土地だ」と本気に思ったそうです」

もっともらしい解説のようだが、この添乗員は都合の悪いところは平気で無視する類らしい。パタゴンの「pata」の後ろについている接尾辞は「on」ではなく「gon」である。「g」は都合が悪いので無視ということなのであろうか?

さて、こちらも本題、パタゴンの名付け親はマゼランで、世界一周航海の途中、停泊したサン・フリアン港で遭遇した先住民の巨人族が履いていた毛皮の履物の足跡からパタゴーノ(大足族)と呼んだとされている。

マゼランの世界一周航海は、乗組員のピガヘッタという人が書いた航海日誌(「マゼラン最初の世界一周航海」として岩波文庫から出ている)によって知ることが出来るが、マゼランたちが出会った巨人族について、「この男の背の高いこと言ったら、われわれはかれの腰までしかとどかなかった」と述べている。(この先住民族はテウェウチェ族で185cm以上あり、当時のスペイン人は155cmだったらしいので、吃驚、圧倒されて腰までしかとどかなかったと感じたらしい)

以前、岩波文庫を読んだ時、マゼランは巨人族に会っているので、直接、かれらの足の大きさを確かめられた筈なのに、なんで浜辺についていた足跡を見て大足族と言ったのだろと疑問に思ったことがあった。今回、読み直してみると、‘足跡’につて触れているところは1箇所しかなく、「この男は前の連中よりもさらに背が高く、しかも立派な体つきで、じつに、愛想がよく、そして陽気であった。ぴょんぴょんはねながら踊りをおどったが、おどるたびに足首が地面に1パルモ(約25センチ)もめりこむのだった」とあり、足跡の深さにつて述べているだけで、足跡の大きさには触れていない。

また、マゼランが‘パタゴーノ’と言ったとされる直前の文節では、この種族の風習について、胃が痛むと弓の矢を喉の奥まで飲み込み食べた物を吐き出す、頭痛がする時は額に切傷をつけて瀉血をするとか、死者がでると魔物に扮した男たちが体に彩色して現れ遺骸のまわりで踊る、さらに大きな魔物は全身に色を塗りたくって現れ、大声でさわぎ回る。

その魔物が2本の角を生やし、足までかくすほどの長い髭をもち、口と尻から火を吹き出す姿が見られたことがあるとも語られている。こうした文脈の中でマゼランはこの種族を、 ‘パタゴーノ’と名付けたとピガヘッタは言っているので、靴の足跡からパタゴン(大足族)と名付けたとするのはいささか眉唾ものの感がある。

こうしたパタゴン(大足族)についてのもやもやを晴れさせてくれたのが、ブルース・チャトウィンの「パタゴニア」である。
その「パタゴニア」のなかでチャトウィンは、パタはスペイン語の「足」に当たるが、接尾語の「ゴン」に意味はないとし、「パタゴン」の出所は別のところにあると語っている。

それは、「ギリシャのプレマリン」という中世の長大な冒険譚の騎士物語で、16世紀には血湧き肉踊る作品だと思われていた。マゼランが出航する7年前の1512年に出版されており、こうゆう類の本を探検家たちは長い航海に好んで持参したらしく、マゼランもこの本を船室に持ち込んでいたと信じるに足る理由があるという。

物語は、騎士プレマリオンがとある離島に遠征した時、島の酋長にグランド・パタゴンなる怪物退治を頼まれる。その怪物は頭が犬、足が牡鹿という姿だが、人の言葉を解し、女のように心やさしく情が深いという。プリマリオンが死闘の末、パタゴンを剣で二突き、両腕を縛り上げると、パタゴンは草を血で真っ赤に染め、‘どんな勇敢なものでも震え上がるような恐ろしい声’で吠えた。プリマリオンは、この怪物を王室の珍品コレクションに加えるため、故郷のポロニアに持ち帰ることにした、というものである。

マゼランが巨人族の2人を騙して足環を掛けて生け捕りにしたのは、チャールズ5世に献上するつもりだったそうだし、罠にかかったことに気づいた巨人は雄牛のごとく吠え、偉大なる悪魔セテボスに助けを求めたという筋書は、「ギリシャのプレマリン」をなぞったようである。「ギリシャのプレマリン」に出て来る怪物、パタゴンが頭にあってマゼランが、全身に色を塗りたくって大声でさわぎ回る大男たちを ‘パタゴーノ’と名付けたとすればもやもやも氷解する。

なお、シェークスピアの「テンペスト」は、「ギリシャのプレマリン」や ピガヘッタの「マゼランの世界一周航海」が下敷きとなっているとチャトウィンはみており、
「お粗末な小説に触発されて偉大な探検家が安っぽい行動をとり、これが偉大な劇作家を刺激して傑作を書かせるという連鎖が見て取れる」と指摘している。

そんなこんなで、午後8時半過ぎにブエノス・アイレスに到着する。ドーハを発ってすぐに朝食、間に軽食があって、サンパウロに着く前に夕食、さらにサンパウロを発ってすぐに食事がでた。関空―ドーハ間でも夕食と朝食を食べたので、食っては寝、食っては寝、食べ残したりもしたが、もう完全にブローラー状態になっている。

入国審査は順調に進み、荷物も無事に出てきた。添乗員の話では、食事の時の飲み物代など米ドルが使えるとのことなので、10ドルだけ両替する。交換レートは1ドル=4.3ペソくらいかなと思っていたら、3.699であった。空港の両替所はずいぶんとぼったくりの感じである。