最近の人気急上昇によって年間80万人とも言われるパタゴニア観光で、ロス・グラシアレス国立公園、なかでも、ペリト・モレノ氷河を訪れない人はいないと言われており、その観光基地となる町が人口20000人のカラファテである。

その観光客もハイシーズンの12月~3月の4ケ月に集中するので、人手やらなんやら遣り繰りするのが大変のようである。われらがホテルも、少し遅く朝食の食堂に行くと、皿がないとかで足止めされる始末、収容人数に見合った皿の備えもなく、迅速に皿洗いをする人手も足りず、しわ寄せは全部お客にいく。

アルゼンチン湖など

さて、パタゴニア旅行5日目、今日が今回の旅行のハイライト、ペリト・モレノ氷河を見物する日である。天気は良好、皆さん張り切って予定より早い8時20分にホテルを出発、カラファテの街を過ぎるとアルゼンチン湖が見えてくる。

ガイドのパブロさんによれば、アルゼンチン湖の面積は1560平方キロだそうだから琵琶湖の2.5倍に近い広さということになる。アメリカの5大湖などと同じく氷河が後退した時の置き土産であるが、このアルゼンチン湖は現在も氷河の水が流れ込んでいるので透明度が高く、水温は平均2~10℃と低いそうだ。船から落ちたらちょっと助からないかも。氷河が削ったフィヨルドなので平均で200m、公園最大のウプサラ氷河の水道では深さ、700mに達すると言う。

アルゼンチン湖に棲んでいる魚は鱒や鮭などがだが、湖の水は空港の少し北のあたりの湖口からサンタクルス川となって東方に380km、流れ流れて大西洋に注いでおり、鮭は日本と同じように、稚魚の時、サンタクルス川を下り大西洋で成長、再び産卵のためにサンタクルス川を遡上する習性があるそうだ。

バスが湖畔から少し離れると、左手には遥か遠くの山並みまで続く荒野が広がってきた、よく見ると馬がいるので牧場のようである。これがエスタンシアという大規模牧場らしいが、羊の姿は見あたらないし、牧舎らしきものも目にはいらない。それほど広いと言うことのようだ。

しばらく走っているとパブロさんが、‘上空にコンドルがいる、カラカラも群れている。多分、狐かなにかの動物の死骸が近くにあるはずで、こんなのはめずらしい’と言ってバスを止める。カメラを上空に向けることばかりに気をとられていたが、草むらにもカラカラが群れていたらしい。

氷河の予習

バスが徐々にアンデス山系の麓に近づいたなと思っていると、添乗員の氷河につてのお話が始まる。ガイドのパブロさんの解説ではなく、添乗員が自分のポケットから出したものらしい(実は、後で添乗員から‘LAGO ARGENTINO & GLACIAR MORENO HANDBOOK’の抜粋コピーを貰ったが、これが種本のようである)。添乗員の話に種本の解説を追加すると以下のようである。

地球上の氷河の97%は南極とグリーンランドにあり、残りの3%がアルプス、ヒマラヤ、アラスカやパタゴニアなどにある。パタゴニアの氷河の面積17200km2、このうちロス・グラシアレス国立公園は4500km2である。

氷河の形成

太平洋の湿った空気が南部アンデスの山並みにぶつかって年間5000mmもの雪を降らす。

雪が氷になるメカニズムは、雪片は4分の1mmほどの薄さだが、地表に達するとすぐに小さく固まり始め、雪粒が互いに触れると徐々に形を変え融け始める。そうして内部の空気は抜けて、雪の粒の集まりは丸い粒に変形していく。雪が新たに積ると、その重みでさらに気泡がつぶされ、さらに固くなっていく。こうした繰り返しは氷が形成されるまで続く。雪が氷になるはアンデスなどでは10年ほどだがが、南極では数百年もかかる。

現象的には、雪が降り積もっていくと、下の方の雪粒の集まりは圧力を受けるので大きな結晶となるが、夏の間に融けきらずに氷化していないものも残っている。これにさらに上からの圧力がかかると固くしまり通気性がなくなっていくと氷河の氷となると言うことのようだ。上記のように温暖氷河でもこの過程には10年はかかるらしい。

氷になる時、雪のなかに含まれていた空気は抜けて気泡となるが、さらに圧力がかかり気泡の体積が収縮し純氷に近くなり、さらに圧力が増すと気泡中の空気は除々に氷の結晶中に拡散するらしい。

水が氷になるには一晩とかからないので、雪が氷河の氷になるのもせいぜい4~5日もあれば充分ではないかと思っていたが、大自然の途方も無い営みと悠久の時間軸のなかでアンデスに降った雪は氷河の氷になっていくと言うことのようだ。

氷河の移動

氷河が動くためには氷河の底に水があること必要であるが、アンデスなどの温暖氷河では氷河の上層部で解けた水が氷河の底まで浸み込んだり、氷河の底と岩盤との摩擦によってでる熱も水が発生する手助けとなったりする。

氷河が一定の厚みになった時、移動が始まるがその厚みは20mほどである。こうして氷河は氷河自体の重みで変形しながら斜面を移動するが、氷河の移動速度は、氷河の厚み、傾斜の嶮しさ、氷河の温度によって決まり、アンデスの氷河はこの3つの条件を満たしている。

なかでも、モレノ氷河は世界で最も移動速度の早い氷河と言われ、年間600~800m、1日に2mも動く。
移動は氷河の端よりも中央部の方が速く、また中央部でも場所によって速度は一様ではないので、氷河に亀裂が生じクレバスやセラックができる。

添乗員の説明を聞いている間に、バスは再び湖畔沿いを走りだした、モレノ氷河の融解や崩落によって生じる水をアルゼンチン湖に注ぐ水道のうち南側のリコ水道である。

そのリコ水道の背後にはマッタンホルンのように猛々しいモレノ山も見えてきて、いよいよペリト・モレノ氷河が近づいた感じである。

ガイドのパブロさんが管理事務所で入園手続をした後、しばらく走ったところで写真ストップ、ペリト・モレノ氷河の全体を見渡せるビューポイントである。まずは、皆さん順番に写真に納まる。なかには来年の年賀状素材はこれで決まりと、にんまりしている人もいるようだ。

ペリト・モレノ氷河

北の名だたる岩峰フィッツロイ山から、アルゼンチン湖に至る南北約170km、面積4500平方キロ(日本では山梨県とほぼ同じ)がグラシアレス国立公園に指定され、世界自然遺産にも登録されている。山岳地帯の美しい山と湖沼もさることながら、名前の示す通り、ここには約200もの氷河が連なり、ウプラサやビエドマ、スペガッツイーニ、ピオ11世など世界的規模の氷河が40以上ある。それらの氷河のなかで最も有名なのがペリト・モレノ氷河とされている。

ペリト・モレノ氷河の源はチリ国境のピエトロベッリ山(2950m)である。ここからモレノ山とネグロ山に挟まれた斜面を下り、全長は30km、表面積は250平方キロも広がっている。そして何万年も旅の終焉である氷河の舌(先端)の幅は5km近く、高さは50~60m、あとから後から押し寄せる圧力に押されて湖に張り出し、さらに一部は対岸の陸地に乗り上げて湖を分断している。分断された湖の南側がリコ水道、北側がテンパノス水道でアルゼンチン湖に繋がっている。

ちなみに、‘モレノ’はブエノスアイレス生まれの探検家でアルゼンチ湖やフィッツロイ山などを発見したり、チリとの国境策定にも貢献したフランシスコ・モレノを称えて名付けられたもので、‘ペリト’はパブロさんによればエクセレントとかエクスパートの意味だそうだ。

氷河クルーズ

ペリト・モレノ氷河見物は先ず、クルーズ。10時過ぎに、200人乗りのカタマラン(双胴船)で出発、リコ水道側の氷河に向かう。

バスの中からも気になっていたのだが、氷河から流れ出る水は純度が高いのでリコ水道は青く光って見えるのかと思っていたが、船上から真近に見ても青、緑、茶色が混ざったような不思議な色をしており、光の加減によっては白みがかったトルコ石のような色にも、また、ただの濁水のように見える。よく分からないが、氷河が削り取った岩石に含まれるミネラルかなにかが一緒に溶け込んでいるためかも知れない。

さて、観光客は一旦船内に席をとるが、ほとんどの人はすぐに甲板に出る。遅ればせながら、展望の良さそうな舳先に隙間を見つけて手すりに掴っていると氷河がだんだんと近づいてくる。

スイスのユングフラウヨッホの頂上から見たアレッチ氷河は風景の1コマと言うか、特に感慨もなかったと記憶しているが、この20階建てのビルが延々と続くような氷河は圧倒的な迫力があり、先に出発したカタマランも小舟のように見える。

さらに近づくと(と言っても300m以内には近づけない)、高さ30~40mもあろうかと思われるセラックが、あるいは真っ直ぐに、あるいは他と押し合うように険しく伸びていたりして荒々しく無秩序である。氷壁は全体として青白く、セラックのなかには鮮やかな蒼さをはなっているものも、ほのかな蒼さをみせているものなど神秘的である。

船が右手に進むと氷河の先端が対岸に乗り上げている様子が見えてくる。氷河が対岸に乗り上げて湖を分断するとリコ水道側の水位が上がり、トンネルを掘ってテンパノス水道側に流れ出す。落差が20m以上になると大崩落が起きるらしいが、現在は5.6mほどらしい。

船が氷河に沿って左に進路をとる頃には観光客の期待は氷河の崩落である。ドドーンと腹に響くような音がする、その方向にカメラを向けるとすでに水しぶきが上がるところだったりしてタイミングが難しい。1時間ほどのクルーズの間に3回くらいの小さな崩落があっただけでちょっと期待はずれ、この後の展望台から見物にあとを託してバスに乗る。

とろで、氷河はなぜ蒼いのだろう、

可視光はいろいろの周波数の光の波が集まったもので、全体としては色みがない白色光であるが、プリズムを通すと高い波長の波は赤色、低い波長の波は紫色に分光される。

氷は可視光にたいしてほぼ透明であるが、光の波長によって氷の吸収係数に差があり、赤の方が紫より1桁多く吸収されるらしい。したがって、太陽光が氷河に入射すると選択吸収が起り、氷の塊を透過するにつれて赤い色が徐々に減少して、次第に青い波長の光のみになっていく。で、その青い光が氷河のなかで反射か屈折を起こして再び氷河の外に出たとき青く見えると言うことのようだ。クレバスやセラックでは、表面から入った光が深部に達する前に横へ出てくるので、より鮮やかで明るい青に見えるらしい。