ペルセポリスの観光を終え、バスは10分ほどで、ナクシェ・ロスタムに着く。
岩山のなかほどにアケメネス朝の王墓が造られている。近づいてみると60mもあろうかと思われる崖で、正面がダレイオス1世の墓、左2つ並んでいるのはクセルクセス1世とアルタクセルクセスで、右手の直角になっている面にあるのがダレイオス2世と言われているがダレイオス1世以外は諸説あるそうだ。
正十字に刻まれた墓は、上部に玉座に座る王と王座担ぎ、中段には4本の円柱で飾られた入口があり、下部は空白となっている。王達はこの豪華な墓で安らかな眠りについているのであろうか、アケメネス朝の王はゾロアスター教を信仰したと言われているが、民は風葬により葬り土を穢さないようにしたと言われているが、王はかまわないという事なのだろうか。

王墓の下部にはササン朝時代の豪快な浮き彫りがあって、こちらの方が興味ふかい。
ダレイオス1世とクセルクセス1世の墓の間にある‘騎馬戦勝図’は馬に乗ったササン朝の王、シャプール1世と捕虜になったローマ皇帝ヴァレリアヌスが馬前で跪ている様子が描かれていて、ササン王朝の誇らしげな息吹が伝わってくる。ロスタムは伝説の英雄で、後代の人々がこの遺跡を発見した時、これはロスタムに違いないと思いロスタムの絵、ナクシェ・ロスタムと名付けたと言う。

ほかに、ホルムズド2世騎馬戦闘図やナルセ王叙任図など。ナルセ王叙任図ではアナヒータ神から王権を象徴するリングを渡されているが、王と神が対等に描かれていて面白い。

ナクシェ・ロスタム~ヤズド

ナクシェ・ロスタム近くのレストランで、なすのホレシュテ(シチュー?)の昼食をとった後は一路、沙漠の道をヤズドに向かう、350kmあまりの強行軍である。

ガイドさんによれば、ヤズドはちょうどイランの真ん中ぐらいに位置し、カビール砂漠にかこまれているので、夏は46度にもなり、冬もシール・クー山(ライオン山)辺りではマイナス20度に下がるとのこと。夏が化カ月、冬が4カ月で、春、秋の季節感はないらしい。また、ヤズドには川がなく、地下水をヤズドの西20キロほどのシール・クー山の麓からカヌートという灌漑方法で町まで引っ張ってくるのだそうだ。最近はボーリングによる井戸が開発されているが地下水位低下が問題となっているらしい。
6時間ほどバスに揺られてヤズドに着く。ヤズドの宿はガーデンホテル風で、この旅では1番の高級ホテルである。広い中庭の真ん中に水路が通り、豊かな緑のなかにざくろなどが実をつけていて散歩するにも心地よい。