ジェロニモス修道院は発見のモニュメントから歩いても7~8分くらいだが、間に鉄道を挟んでいるのでバスはUターンしたりして10分ほどかかってジェロニモス修道院の駐車場に着く。

先ずはガイドさんの説明、「ジェロニモス修道院はポルトガルの大航海時代を代表する建築で1983年に文化遺産として世界遺産に登録されています。

マヌエル1世(1469~1521)は即位して間もない1496年にバスコダ・ガマの偉業を称えるため修道院の建設を決めました。1502年に着工、完成したのは17世紀になってからと言われています。

竣工まで100年以上を要しているのでゴッシックからルネッサンス時代の建築様式を反映していますが、装飾はマヌエル様式と呼ばれる独特のものとなっています。

マヌエル様式は15世紀から16世紀のポルトガルの海外進出の時代を反映してアフリカ、アジア、ブラジルなど各地の人や動植物、大航海時代の帆船、ロープ、海草、貝殻、サンゴなどをモチーフにして精緻で華美な装飾彫刻をするものでマヌエル1世の名前をとってマヌエル様式とよばれています。

マヌエル様式はポルトガルの何処でも見られますが、ジェロニモス修道院の南門と中にある回廊の装飾は特に素晴らしいと言われています。

ポルトガルでは1834年に修道会が廃止されているのでジェロニモス修道院にも、当時300人いた修道士も今はいません。現在はサンタ・マリア教会部分が教会として残っていますが、そのほかの修道院部分は考古学博物館、海事博物館として使われています」

南門

で、ジェロニモス修道院、外観は壮麗である。近づいて南門を見る。2つの扉の上のアーチのところには聖ジェロニモスがライオンの足に刺さった棘を抜く様子のレリーフなどがあり、その上の2階のところには右手で幼子を抱いたエンリケ王子像が立っている。その王子を取り囲むように繊細な彫刻が施された数多くの尖塔のような柱や庇が並び、その隙間に12使徒像が刻まれている。いかにも繊細で華麗な装飾だが、ごてごてと言った感じがしないでもない。

観光客の教会への入口は西門からで、入口の上には受胎告知やキリストの誕生など彫刻が飾られ、入口の左側にマヌエル1世と聖ジェロニモス、右に王妃マリアと聖ヨハネの像が飾られている。西門から身廊が伸びた東の端に内陣があり、西門の登場人物をみると西門が正門のような気がするがどうなんだろう。

バスコダ・ガマとカモンスイの石棺

入口を入ると右側にはルイス・デ・カモンスイの石棺が安置されている、ガイドさんによればカモンスイはポルトガルの国民的詩人で、バスコダ・ガマのなどの大航海の偉業を長編の叙事詩にうたいあげたそうで、叙事詩のなかの「ここに地果て、海始まる」という一節はロカ岬の石碑にもなっているという。彼自身もゴアやマカオで暮らしたそうで、1580年に死亡。石棺自体は1895年に作られたネオ・マヌエル様式なのだそうだ。

左側の石棺はバスコダ・ガマで、彼はインドに3回行っている。1回目はインド航路開拓のため、1497から1499年、2回目は1502年、3回目の1524年には3代目インド総督としてゴアに赴いたが高齢であったのでマラリアに罹り亡くなった。現地に埋葬されたが、1539年にポルトガルに移送されたヴィディゲーラの町に埋葬され、さらに1880年、最終的にこのジェロニモス修道院に移されたという。

ステンドグラス

少し進んで南側の壁を見上げると、ステンドグラスが並んでいる、縦長のステンドグラスには人が集まっている様子が描かれている。

真ん中赤い服を着ているのがマヌエル1世ですぐ後に立っている青色服で髭を生やしているのがバスコダ・ガマ、一番上で本を持っているのが聖ジェロニモスだそうだ。となりの聖母マリアの背景にはテージョ川が描かれている。

身廊の高さは25m、ゴッシック様式の6本の柱から伸びる網目状ヴォールトが天井を支えている。椰子の木がモチーフだという説もあるそうだが、なるほど柱が意外に細いので高く伸びた椰子の木が枝を広げたようにも見える。

中央祭壇

中央祭壇にはピエタなどの絵が飾られているが、祭壇は意外とシンプルである。
マヌエル様式は16世紀の終わりにはだんだんとすたれて行ったと言われているので、100年以上かかった修道院の建設にはその変遷が表れていて興味深い。祭壇の両側には王家の墓が安置してあり、左側にはマヌエル1世と王妃マリアの石棺が並んでいる。王家の石棺はそれぞれ大理石の2頭の象が支えているが、象の牙は象牙なんだそうだ。

翼廊の祭壇には若き国王、セバスティアンの石棺が置かれている。1578年にモロッコに進軍した24歳の若い国王は大敗し、行方不明になってしまう。このためポルトガルは王位継承の争いが生じ、1580年にはスペインに併合され、スペインの支配が60年間も続くことになった。ガイドさんの言によれば、華やかなポルトガルの大航海時代は20年と案外短かったとのこと。

回廊

次にジェロニモス修道院のもう1つのハイライト、教会の裏手にある回廊へ。

ガイドさんによれば、中庭を囲む回廊は55m×55m。2階建ての1階部分は16世紀のものでマヌエル様式、2階は17世紀のものだそうだ。参事会会堂や食堂、図書室、動物をかたどった雨樋などの話を聞いた後、フリータイムとなる。

回廊の四面を囲む1階、2階それぞれ4連のアーチが水平に並ぶ様はルネッサンス様式にも思えるが、アーチや柱には波、鎖、縄の結び、帆船、植物のつるなどが隙間のないほど彫刻されている。回廊の通路も壁、柱など同じように装飾され、交差状ヴォールトの天井とあいまってマヌエル様式の精緻で華麗な装飾を堪能させてくれる。

アフリカの植民地やインドなどからポルトガル流入した莫大な富を湯水のように注いのがジェロニモス修道院なんだと納得してベレン地区の見物はお仕舞い。