旧市街広場

旧市街広場の南に建つのが旧市庁舎、その角にあるのが有名な時計塔である。

この時計はからくり人形と、天文時計、カレンダー時計の3つの仕掛けからなっている。
天文時計は時間と月と太陽の位置が分かるようになっていて、文字版の青い部分は日中、茶色は夕暮れ、黒い部分は夜を表している、カレンダー時計は365日の暦がきざまれていて、内側の12の円には12ケ月のプラハ人々の仕事が描かれている。
毎正時にカレンダー時計の横の死神を表すガイコツが鐘をならすと、上の窓が開き、からくり人形の12使徒が行進して窓から見える仕掛けだ。
ガイドのミスで1時間遅れの観光となったことのしわ寄せがここで出てきて、あと5分でからくり演技が始まると言うのに時間がなく広場に移動する。何人かは残って演技を見るようだ。

広場を囲むのはティーン聖母教会、聖ミクラーシュ教会、キンスキー宮殿、石の鐘の家など、中央にヤン・フス像。
ティーン聖母教会は2つの高い尖塔を持ち、塔の四隅に小さな尖塔が立ち、塔の中ほどからさらに4つの小尖塔が立つという独特のゴッシック様式で、2つ尖塔の間にマリア像がある。
聖ミクラーシュ教会はモルダウ川の左岸のマラ・ストラナ地区にもあり、典型的なバロック様式のファサードである。

教会の前の広場は旧市庁舎の北側の跡地、第2時世界大戦の末期にナチスの爆撃で破壊され、そのままになっている。
プラハは2度の大戦の戦禍をまぬがれたと言われているが無傷ではない。キンスキー宮殿はロココ様式でピンク、隣の石の鐘の家はゴシック様式などと百塔の街のエッセンスがここにある。

さて、ヤン・フス像、1915年にヤン・フスの殉教500年を記念して製作されたもので、フス像の周りにはフス派の戦士などの像が彫られ、台座にはヤン・フスの言葉「真実を愛し、真実を貫きなさい」がある。
ヤン・フスはカレル大学の学長を務め、ベツレヘム礼拝堂の説教者として聖職者や教会の堕落を批判し、大切なのは巨大な教会の建物やきらびやかな祭壇などでなく聖書の福音であると説いた。
教皇側は危機感を抱きコンスタンツ公会議で異端宣告をさせ、火あぶりの刑にしてしまう。マルチン・ルッターより100年も前に宗教改革を唱えたヤン・フスは現在もチェコ人に尊敬され誇りとされている。ガイドの短い説明があって、ユダヤ人街に近い昼食のレストランに急ぐ。