ベル神殿

シャーム・パレスホテルでトイレ休憩、わがツアーのホテルより1~2ランク上のホテルのようで落ち着いた雰囲気である。ほかの日本人の団体もいて、バッジをみると保険を掛けていた旅行社のツアーで30人ほどらしい。ご同輩もトイレ休憩のために来ているのであって、シャーム・パレスホテルに宿泊するツアーではない。

このあとベル神殿の観光に向かう。

さてベル、ベル・マルドゥクと言えばバビロンの守護神である。ベルはフェニキアのバールのバビロニアでの呼称であり固有の名前はマルドゥク。もともと、マルドゥクは農耕の神であったが、ハンムラビ王によって神々の王とされ、最高神となったので世界と人間の創造物語や宇宙を支配する権能などが後から付け加えられたらしい。

バビロニアでは毎年、新年祭にはマルドゥクによって王位の更新が行われ、また即位においても戴冠式の代わりにマルドゥクの手を取ることで王になったと言う。即位に際してマルドゥクの御手をとることは、その後、メソポタミアの各王も従う慣例となり、アレキサンダー大王もバビロニアの王としてこれに従ったという。( 新年祭についてもう少し詳しく知りたい方は→ペルガモン博物館

バビロンが滅んだ後、ベル・マルドゥクも忘れられていったが、ベルは思わぬところに顔をだしてきた、パルミラである。

パルミラで古くからボール神が祀られていたが、隊商交易によって伝えられたとされる西方の神ボールは収穫神であるのでパルミラの中心的な神であった。そのボール神がさらに東方のバビロニアの影響を受け、BC1世紀末、最高神、ベルに習合されたらしい。バビロンの主神ベル・マルドゥクに由来するベルがパルミラの主神となったのである。

さて、ベル神殿、西側の入口から神殿に入ると、外観からは想像もつかない壮大風景が広がってくる。

正門の列柱を眺めながら、まずは、ガイドさんの説明から、神殿の広さは東西210m、南北205m、柱廊が取り囲み、屋根があった。

主神ベルに捧げられた本殿(内陣)はAD32年に建立され、柱廊や正門などの建設はAD2世紀半ばまで続いた。その後、神殿は5世紀には教会として使用され、12世紀には本殿はモスクに、境内は城塞に変えられ周壁が築かれた。

現在では大半は崩れてしまっているが、それでも境内のあちこちに列柱が残っており、境内の中心にある本殿は往時の姿をとどめている。

カナン人、アラム人、アラブやギリシャ、ローマ人が次々とやってきたが、常にここはアクロポリスであった。

生贄の祭壇

西側の周壁に沿って左手に進んでいくと、地下通路がある。

ガイドさんによれば、この地下通路を通って動物が境内に搬入され、神殿の周りを3回廻った後、犠牲祭壇に運ばれ神官によって生贄にされたそうだ。

犠牲祭壇は羊や山羊など小動物用と牛のような大動物用とがあり、そばには神官が身を清めたり、食器を洗ったりする水ばちや水を汲み上げる井戸、動物の血を流す穴も造られていた。毎年、4月の初めに大祭が行われていたらしい。

パルミラ三位一体神のレリーフ

次にガイドさんに案内されたところが境内の北東の角。壁にパルミラの三位一体神のレリーフが修復されている。と言っても、ほとんど判読できない状態なのだが、ガイドさんによれば、真ん中がベル神で天使の格好をしているらしい、左が太陽神、ヤルヒボールで、右が月の神、アグリボールとのこと。

パルミラではベル神はヤルヒボールとアグリボールを従えた三位一体神として描かれることが多いいという。ヤルヒボールはパルミラの土着神で審判と恩恵分与を司る神、アグリボールは北方シリアから来たらしい。

壁の端っこに階段が付いていて、ガイドさんから壁の上から外を見て下さい、ナツメヤシの生い茂るオアシスが広がっていて、ここがアクロポリスだと実感できますよと勧められ、皆さんの後について壁を上る。なるほど、外を眺めるとナツメヤシの森が広がり、ここが沙漠のオアシスとして理想的な地であることが実感できる。

本殿

パルミラ観光の最後はベル神の本殿である。
本殿は生贄の祭壇の奥、少し小高くなったところに建つ長方形の建物である。本殿を囲む列柱廊のコリント式柱の1部が残っているが、かっては柱頭のアカンサスは金箔で覆われていたという。

豪壮な入口を入ると、中には30mほどの中庭に向き合って南北に祭壇がある。

南の祭壇

南の祭壇の天井には1枚岩に刻まれた花模様のレリーフがある。アカンサスと蓮の葉20枚を交互に組み合わせてひまわりのような模様にしたもので、その花模様を円環が囲み、さらにその周りをたくさんの8角形の幾何学模様が取り囲む構図である。ひまわり模様は東洋の蓮と西洋のアカンサスを融合させたなんとも興味深いレリーフでパルミラに高度な美術があったことが窺われる。

この花模様は18世紀のイギリスで流行し、邸宅の応接間の天井にパルミラの花模様が好んで取り入れられたと言われている。

南の祭壇には持ち運びの出来るベル3位一体が置かれていたらしい。モスク時代のメヘラブの跡も壁に残っている。

北の祭壇

添乗員が入口の梁を見て下さい、ぽこっと膨らんでいる様に見えるのは鷲で、天空の主人、バール・シャミンの象徴です。北の祭壇は宇宙の運行を支配するバール・シャミンがモチーフですと言われて、よく見ると膨らんでいるのは鷲の頭の部分で、微かに羽根のようなものも見える。鷲が大きな羽根を広げ、頑丈な爪でへびを掴んで飛んでいるレリーフなんだそうだ。

南の祭壇と同じように天井には1枚岩に刻まれたレリーフがあり、バール・シャミン(ベル)が支配する宇宙が描かれているらしい。12星座が配置された黄道帯の内側に沿って6つの6角形と、その中に少し大きい6角形がある。7つの6角形には日~土の7曜の惑星の胸像が描かれていたらしいが、真ん中の6角形のベル(バール・シャミン?)が微かに人物らしく見える以外は風化して何にも見えない。北の祭壇にはパルミラ三位一体神が安置されていたという。

ベル神殿入口のレリーフ

ベル神殿の柱廊の天井を支えていた二本の梁が入口の横に並べられている、地震で崩れ落ちたのだそうだ。

パルミラの兵士の姿のアグリボールとナツメヤシのレリーフ、林檎やパイナップル、柘榴など祭壇に供えられた果物のレリーフは比較的はっきりとしていて分かり易いが、神が蛇と戦う場面やラクダの行進などの図は判然としない。